未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
69

旅するお百姓さん

日本にハーブを広めた男

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.69 |25 May 2016
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#7ラボがある農場

そういえば事務所のある建物の1階、あそこは一体なんなのだろう。
霜多さんに聞いてみると「ラボだよ」という。
農場にラボとは?
実はシモタファームには化学物質を分析するラボがあるのだ。分析機で農場の土や肥料を分析して、最良の土作りを行っている。外資の大手農業法人などを除けば、このような分析機を備えた農家は、おそらく日本にはないのではないか、と霜多さんはいう。驚く私に、世界のスタンダードじゃないと、仕事をやる意味がないでしょ、と霜多さんはあっさり言いながら、ラボの中へと入っていった。

野菜やハーブの美味しさを決めるのに、一番重要なのは土や肥料の成分だ。美味しい作物がなる畑には、それなりの証拠(エビデンス)がなければいけない。そのエビデンスは、化学物質の数字データとして、きちんと現れてなければいけない。逆に言えば必要な化学成分がはっきりわかった土で作れば、美味しくて栄養のある作物が実る。日本の農業では、土への分析と検証作業がまだまだ足りないから、その作業を常にきちんと行わなければならない。それが霜多さんの持論だ。それは薬学の専門家との出会いで、身についた考え方だった。

ラボの中には扱い方が難しそうな、はじめて見る機械ばかりがたくさん並んでいた。これらの分析機を使っての土壌分析は、霜多さんと、そしてもう一人、なんと分析専門の社員によって、日々行われている。
ちなみに分析にかけられるのはシモタファームの土だけではない。依頼があれば、他の農家の土も調べる。部屋の片隅の黄色いコンテナには、日本各地の農家の畑から送られてきた、土がつまった小袋がいっぱいになっていた。

時には県外から、若い生産者たちのグループが、土の勉強をしにシモタファームのラボを訪ねてくることもある。そんな若者たちを霜多さんは常に快く受け入れている。農業や化学分析についての勉強会を行うこともある。
ついこの前も群馬から30代の農家たちが6、7人で勉強に来たなあ。農家って親の世代と息子の世代が方法論でぶつかりやすいからね。新しい技術や知識を教えてあげるのは、いつでもOKだから、だれでも勉強しに来て欲しいんだよね、と霜多さんはいう。若い頃に家を飛び出した経験がある、霜多さんならではの優しさだ、と私は思った。

それだけではない、シモタファームは誰でも見学が可能だ。シモタファームは直売をする観光農家ではない。だから農場に来てもハーブが買えるわけではない。でもハーブや野菜の栽培に興味があれば、ハウスやラボを見学することができるのだ。
ちなみにシモタファームのハーブと野菜は、ホテルやレストランへ供給するほか、都内のスーパーやデパートなどで買うことができる。
取材に伺った日も、飛び込みで講演の依頼があったり、取手市の商工会の人がイベントの確認に来たり、となんだか普通の農場らしくない賑わいのあるシモタファームなのであった。

飛び込みで依頼に来た人の話をまずは丁寧に聞く霜多さん。
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未知の細道 No.69

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。