そういえば事務所のある建物の1階、あそこは一体なんなのだろう。
霜多さんに聞いてみると「ラボだよ」という。
農場にラボとは?
実はシモタファームには化学物質を分析するラボがあるのだ。分析機で農場の土や肥料を分析して、最良の土作りを行っている。外資の大手農業法人などを除けば、このような分析機を備えた農家は、おそらく日本にはないのではないか、と霜多さんはいう。驚く私に、世界のスタンダードじゃないと、仕事をやる意味がないでしょ、と霜多さんはあっさり言いながら、ラボの中へと入っていった。
野菜やハーブの美味しさを決めるのに、一番重要なのは土や肥料の成分だ。美味しい作物がなる畑には、それなりの証拠(エビデンス)がなければいけない。そのエビデンスは、化学物質の数字データとして、きちんと現れてなければいけない。逆に言えば必要な化学成分がはっきりわかった土で作れば、美味しくて栄養のある作物が実る。日本の農業では、土への分析と検証作業がまだまだ足りないから、その作業を常にきちんと行わなければならない。それが霜多さんの持論だ。それは薬学の専門家との出会いで、身についた考え方だった。
ラボの中には扱い方が難しそうな、はじめて見る機械ばかりがたくさん並んでいた。これらの分析機を使っての土壌分析は、霜多さんと、そしてもう一人、なんと分析専門の社員によって、日々行われている。
ちなみに分析にかけられるのはシモタファームの土だけではない。依頼があれば、他の農家の土も調べる。部屋の片隅の黄色いコンテナには、日本各地の農家の畑から送られてきた、土がつまった小袋がいっぱいになっていた。
時には県外から、若い生産者たちのグループが、土の勉強をしにシモタファームのラボを訪ねてくることもある。そんな若者たちを霜多さんは常に快く受け入れている。農業や化学分析についての勉強会を行うこともある。
ついこの前も群馬から30代の農家たちが6、7人で勉強に来たなあ。農家って親の世代と息子の世代が方法論でぶつかりやすいからね。新しい技術や知識を教えてあげるのは、いつでもOKだから、だれでも勉強しに来て欲しいんだよね、と霜多さんはいう。若い頃に家を飛び出した経験がある、霜多さんならではの優しさだ、と私は思った。
それだけではない、シモタファームは誰でも見学が可能だ。シモタファームは直売をする観光農家ではない。だから農場に来てもハーブが買えるわけではない。でもハーブや野菜の栽培に興味があれば、ハウスやラボを見学することができるのだ。
ちなみにシモタファームのハーブと野菜は、ホテルやレストランへ供給するほか、都内のスーパーやデパートなどで買うことができる。
取材に伺った日も、飛び込みで講演の依頼があったり、取手市の商工会の人がイベントの確認に来たり、となんだか普通の農場らしくない賑わいのあるシモタファームなのであった。
松本美枝子