未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
69

旅するお百姓さん

日本にハーブを広めた男

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.69 |25 June 2016
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#5イギリスの伯爵と友達になる

料理、お茶などによく使われるオレガノ。ヨーロッパでは古くからハーブは薬効があるとされてきた。

さて、霜多さんがハーブを作るようになって、もう一つの大きな出会いがあった。

ある朝、シモタファームに一通のエアメールが届いた。送り主は、イギリスに住むジョン・マナーズ卿。現在のイギリス王室の流れを引く名門中の名門貴族の一人である。

実はマナーズ伯爵はイギリスのハーブにおける第一人者であった。その知識を学びたいと思う世界中の人々の憧れの存在であり、霜多さんもその一人であった。以前に「日本のファーマーです、ハーブについて教えを請いたい」と手紙を出していたのだった。しかし待てど暮らせど、返事は来なかった。伯爵は誰にでも会って、ハーブのことを教えるわけではない。門前払いさせることもしばしばある、と霜多さんも聞いていたので、その朝も奥さんの由子さんと一緒に、あーあ、俺たちもやっぱりダメだったのかなあ、と話していたところだった。

農場にいる霜多さんのところへ、由子さんが慌てて持ってきた封筒をその場で開けてみると、「一週間後にランチをしよう」と書かれてあった。そこからイギリスへの旅の、怒涛の準備が始まったのであった。

チケットが間に合わずイギリス大使館にお願いしたり、由子さんの着物の着付けの準備をしたり、とにかく慌ただしい準備を経て、一週間後、霜多夫妻はイギリスのとある丘の上のお城にいた。そしてマナーズ伯爵と、まずウィスキーからはじまる、6時間にも及ぶ長いランチを共にしたのであった。

伯爵にはどんなことを教わったのですか、と聞くと、霜多さんは即座に
「ハーブの哲学」という。伯爵曰く「ハーブは人を健康にし、人の生活をより良くするためのものなんだよ、その哲学なんだ」
それから伯爵が亡くなるまで、ハーブを軸にした20年以上の交流がはじまった。

大きく伸びたミント。目にも美しいシモタファームのハーブは、食用だけではなく、生花としての需要も多い。

霜多さんがハーブの料理について学びたいといえば、すぐにフランスの、アラン・シャペルやポール・ボキューズ、ピラミッド、トロワグロなどを紹介してくれた。みなミシュランの三つ星がついた、超一流レストランである。
ハーブのことだけではない。時には自家用ヘリ(!)でゴルフやショッピングに連れて行ってもらったこともあったという。
日本の百姓で、セントアンドリュース(全英オープンを行うゴルフコース)でゴルフしたことあるの、たぶん、俺だけじゃないかなあ、と自慢するでもなく霜多さんは笑っていった。

なぜ伯爵は霜多さんにそこまで良くしてくれたんでしょうね? と問うと、霜多さんも不思議そうに、なんでだろう、俺、いつもこのままなんだけどね、という。
それに友達になったのは伯爵だけではない。その後、伯爵に紹介されたフランスのシェフたちとも霜多さんは友達になり、アラン・シャペルが亡くなった時は、そのお葬式にフランスまで行くほどの仲になった。

はるか東からやってきた日本のファーマーは、外国でも臆せず学ぼうとし、それがいかにも日本人離れしていて、彼らにはもの珍しかったのかもしれない。でも何より、その率直で、自然体の姿が、さまざまなジャンルの世界のプロたちに愛されたんだろうな、と霜多さんの語りを聞きながら、私はふと思った。


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未知の細道 No.69

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。