未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
54

旅する鳥たちを追って 渡り鳥が飛ぶ島 飛島

文= 松本美枝子
写真= 簗川堅治(表紙、野鳥の写真)、松本美枝子(文中の写真、クレジット表記以外)
未知の細道 No.54 |10 Nobember 2015
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#8陸と海の間で

酒田へと向かう船から。遠ざかっていく飛島。

さて冒頭の話に戻ろう。宮本常一の『飛島の女』の中では、女は飛島へと帰れないまま、話は終わる。
世の中は明治になり、飛島から庄内・湯野浜へお寺参りにやってきた若者たちの一群は、一人の年老いた女に出会う。その老婆、かつて飛島から流されてきた女は、若者たちのうちに自分の血の分けた孫がいることがわかり、懐かしさのあまり、その若者にすがりついて泣くのである。
飛島に帰った若者は家の者にその話をし、若者の父、つまり老婆の実の息子は、その女を探しに湯野浜へと使いをやる。しかし、何度探してもその老婆を見つけることは、もはやできなかった——。そういう結末である。

民俗学と物語の区別が果たしてできるかどうかの、ギリギリのライン上にあるようなこの悲しい一編に、私は読むたびに胸を熱くしてしまう。
海を船で行き来して生活する人々の厳しい暮らしが、かつて日本にあったことを、それは教えてくれる。

そして人間が自然の中で懸命に暮らしてきた歴史よりはるか昔から、鳥たちは翼を広げて自由に海を越えてきたのかと思うと、私はなんだか羨ましいような気持になる。鳥たちはただ生きるために、膨大な距離をずっと旅しているのだ。
私たちよりずっと小さな体の鳥。でも翼を持ち、空へと羽ばたくことができる鳥。
鳥たちがどのようにして海を越えて、最終の目的地までへとたどり着くのか、実際のところは、まだよく解っていない。その経路はあくまでも我々人間の推測でしかないのだ、と簗川さんは言う。
それはそうだ。だって私たちは空を飛ぶことも、自分の体一つで海を渡ることもできないんだもの。
この先どんなに科学が進んでも、鳥たちの旅を私たち人間が完全に追いかけることは、とても難しいことのような気がする。

でもここ飛島が、彼らの旅の中継地であることだけは、確かなことだ。
運が良ければ、遠い中央アジアやロシア、さらにはその先のヨーロッパから旅してきた、そっと羽を休めている珍しい鳥たちに、あなたは出会えるかもしれない。
小さくて美しく、そして逞しい生き物、渡り鳥を見に、あなたもぜひ飛島へと渡ってみてほしい。


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未知の細道 No.54

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。