未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
54

旅する鳥たちを追って 渡り鳥が飛ぶ島 飛島

文= 松本美枝子
写真= 簗川堅治(表紙、野鳥の写真)、松本美枝子(文中の写真、クレジット表記以外)
未知の細道 No.54 |10 Nobember 2015
この記事をはじめから読む

#4天候が、鳥と人の旅を左右する

バードコンシェルジュ、簗川堅治さん。飛島の鳥のことならなんでも知っている。
いざ、バードウォッチングへ!

港に着くと、一人の男性が私を待ってくれていた。バード・コンシェルジュの簗川堅治さんである。
今回の滞在でガイドをしてくれる簗川さんは、スラリとした体に三脚付きの大きなスコープ、ずっしりとした双眼鏡、それに400ミリのレンズが付いた一眼レフカメラを軽々と抱えて立っていた。日本野鳥の会・山形県支部の支部長でもある簗川さんは、バードウォッチングのガイドをする他、鳥と環境の調査、鳥に関する執筆などを行っている、いわゆる野鳥の「プロ」だ。山形県天童市出身の簗川さんは3時間半かけてこの飛島へと通う日々を、もう20年以上も続けている。
それから今回、私と一緒に簗川さんにガイドしてもらうバードウォッチャー、山上さんも合流し、いざバードウォッチングへとでかけることになった。

歩き始めると「今日は晴れているから、だいぶ鳥が抜けたようです」と簗川さんが言い始めた。「抜ける」とは鳥が島から飛び立つ、つまり次の目的地へと旅立ってしまったことを意味する。
地球の上を、時間をかけて移動する鳥たちにとって、飛島は一時的に休むところだ。天気が悪ければ、鳥たちはしばらく島に留まっている。いくら翼がある鳥とて、悪天候の海の上を長い時間をかけて飛ぶのは難しいからだ。次の目的地へと旅立つタイミングは、晴天になったときだ。
「日本への飛来が初記録となるノドジロムシクイが、昨日までこの島に連続12日間もいたんですが、午前中これまでいた場所を確認したのだけど、もうどこにもいなくて……どうも今朝、抜けちゃったみたい」と簗川さんがいうと、山上さんは「えぇー……!」と言って、とても残念がっている。
はて、どこかで聞いたような……、ノドジロムシクイ……、あっ、さっき船の上で、おじいさんが教えてくれた鳥ではないか!
ヨーロッパからやってくるノドジロムシクイは、モンゴルの東端あたりまでは飛んでくるが、本来、日本に来ることはない。おそらく風に流されてこの飛島までたどり着いてしまったのではないか、と簗川さんは教えてくれた。

それにしても日本に初めてやって来た珍鳥が昨日までこの島にいたのに、今日はもう見られないなんて、残念すぎる! と私も悔しがっていると、簗川さんはちょっと苦笑いしながら、こう言った。
「飛島は晴れてくれないと船が出ないから人は来られない。でも晴れると鳥は抜けてしまう。ベストはしばらく雨の日が続いて、午前中に晴れて船が出る、という天気かな。でも、とにかく飛島に来ないことには鳥は見られないですからね」
そうだ、とりあえず私は来たかった飛島にこうして立っているのだ。ノドジロムシクイとの出会いはまたいつかにとっておいて、これから二日間どんな鳥に出会えるのかを楽しみに島を歩こう! と思い直したのだった。


ヨーロッパからきた珍鳥・ノドジロムシクイ。残念ながら私は出会えなかった。©簗川堅治
このエントリーをはてなブックマークに追加


未知の細道 No.54

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。