多くの展示室を持つ美術館のなかで、特に独特の静けさを湛えているのが、300冊の雑誌がずらりとディスプレイされた展示室だ。
深い森のような深緑色の壁。
25年間ほとんど変わらなかった「アルプ」の文字。
中央におかれた一脚の皮張りの椅子。
その椅子は長い間不在にしている主人を待っているかのようでもある。
この静かな部屋が、美術館における聖地なのかもしれない。
私が『アルプ』を手に取ったのは、この時が初めてだ。少し色褪せ、長い時間が経っていることが伝わってくる。300冊を読もうとすれば、毎日一冊ずつ読んでも10カ月もかかる。ちょっと呆然としていると、ちづ子さんが、「創刊号と最終号の編集後記がとてもいいんですよ」と声をかけてくれたので、開いてみた。
"ここに創刊された「アルプ」の性格については、私どもは何も宣言しない。ただ雪線近いその草原が、人の住む町の賑わいから遠く静まっていくように、「アルプ」もいわゆる雑誌の華やかさや、それに伴う種類の刺激性などからは距ったものだとは言えるし、自ら願っている方向も決まっている。"(1958年 創刊号「編集室から」)