未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
254

流氷がやってくる町で、地球の声に耳を澄ませる 北のアルプ美術館

文= 川内有緒
写真= 三好大輔
未知の細道 No.254 |10 April 2024
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#3最果ての地に届いた雑誌

早朝の斜里川。河口の向こうにはオホーツク海が広がる。

山崎猛さんは、昭和12年(1937)に六人兄弟の末っ子として生まれた。
父は2歳の時に亡くなり、終戦を迎えたのは小学校2年生の時だった。誰もが貧しい時代だったが、特に北海道乙部町(おとべちょう)の猛さんの実家は「白米を口にすることができなかったほど、貧しい家でした」と、後に猛さんは北海道新聞に掲載された手記に書いている。

中学校を卒業すると多くの同級生が集団就職で本州に行くなか、猛さんは親戚が経営する斜里町の本屋・田中書店で丁稚奉公をすることになった。同じ北海道といえども、乙部町は津軽海峡に近く、北海道のなかでは南に位置する。だから猛さんにとって斜里は、とても遠く感じただろうし、実際のところ北海道を南西から北東までいく汽車の旅は「それはそれは長いものでした」(猛さんの手記より)。夜行列車やローカル線に乗り継ぎ、二日間かけてたどりついた斜里町は一面の雪景色。海はまだ一面の流氷に覆われていた。
15歳の春のことだった。

JR釧網本線 知床斜里駅近くの踏切から網走方面を望む。

書店での仕事は主に本の配達で、仕事はとても厳しいものだった。特に冬になると流氷の影響で船が使えず、大量の本をそりに積み、近隣の町のウトロまで片道10時間も雪の中を歩き続けた。今これを書きながら、そんなふうに本を運んでいた時代があったなんてちょっと信じられない。しかも仕事の休みは、たった一年に一度だけ。過酷すぎる……。だから、仕事の合間に本を読むことが、猛さんの楽しみだった。

働き始めて5年が過ぎ20歳になったころ、十勝の田中書店に配達されるはずの創刊雑誌が、誤って斜里の田中書店に配達された。見たことのない雑誌を手にした猛さんは、それをじっくりと読み込んだ。
もうおわかりだろう、その雑誌が『アルプ』である。

山崎猛さんと『アルプ』の出会いなどを紹介した展示コーナーもある。
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