「リズム アンド ベタープレス」はただの立ち飲み屋ではない。印刷会社に勤めていた宍戸さんが独立してオープンした「活版印刷と立ち飲み」の二刀流の店だ。活版印刷とは、活字と呼ばれる金属製の版にインクをのせて刷る古くからの印刷技術だ。鮮明なフルカラーを短時間で大量に出力できるオフセット印刷が主流の現代では、絶滅に瀕しているといっても過言ではないが、一方で、 活字の圧力によってできた凸凹のある印刷面やインキの滲みに温かい味わいがあり、デザインに個性を求める人々から今も根強い人気がある。
岩手県一関市に生まれ育ち、仙台の専門学校を卒業して、20歳で東京にでてきた宍戸さん。飲食店でアルバイトをしながら「プラプラしていた」という。
27歳の時、友達に誘われて新橋にある印刷会社に就職し、そこで10年間働いた。勤めていた会社には、まだ活版印刷機があった。宍戸さんは活版印刷や特色印刷など、いわゆる「特殊印刷」を得意としていた。
しかし印刷工場の閉鎖的な雰囲気が苦手だったと、宍戸さんは言う。「工場のなかは、たいてい外からは見えない。会話が少ない、いわゆる昔ながら『職人気質』も、若者が印刷から離れてしまうような気がして、印刷会社が楽しいとは思ってなかったです」
一方で宍戸さんは、「工場が終わった後、毎日のように工場内で同世代の同僚たちと機械の前で飲みながら、仕事について語り合うのが楽しかった」という。
もともと独立心が強かったこともあり、自分がやれることは、かつて自分が体験した楽しさを人に知ってもらうことだ、と思った宍戸さん。折りしも雑誌で読んだ活版印刷文化の盛んなアメリカ、ポートランドの記事が頭の片隅にあった。ページのなかには、工場の技術をオープンにして町の文化をつくっていくことが特集されていた。
宍戸さんは、自分も「活版印刷」をオープンにした場所を作ろう、そして立ち飲みを併設して、印刷機の前で飲みながら印刷ができるような場所をつくろう、と思い立ったのだった。
さっそく馴染みの業者に印刷機を見つけてもらい、ドイツ製の「ハイデルベルク」と日本製の「本田」という手差し活版印刷機を格安で譲ってもらった。どちらも活版印刷機としては最上級のものだ。店舗は車庫だった物件を改装し、窓を大きくすることにこだわった。「通りから活版印刷機を見せたかったから」と宍戸さんは言う。
そうして2017年12月にまずは活版印刷所をスタートし、明けて2018年の2月には、立ち飲み屋も始まった。37歳の時だった。