「この物件がなかったら、この店をやろうとは思わなかったです」
と言うのは、「リズム アンド ベタープレス」から歩くこと15分ほど、墨田区菊川にある「The Local Pub 竹の湯別館」のオーナー、橘実里さんだ。
昔ながらの大きなガラス戸2軒分の向こう側には、ほんの6坪ほどの小さな空間が広がる。店の中央にはきれいな黄色のコの字型のカウンターが、店のなかをぐるりと回るように置かれている。そしてコンクリートブロックの壁面は、カウンターの高さに合わせて水色にカラーリングされてる。お客さんはカウンターに集い、その内側には橘さんがいて、にこやかに、そしてテキパキとお客さんにお酒を出していく。
橘さんは、大阪に本社があるワイナリーとレストランを併設した「フジマル醸造所」の都内の店舗で正社員として、飲食の仕事を1年半ほど経験した。
2022年に仕事を辞め、飲食店を出すために都内の物件を調べていた橘さんの目に、ある日インパクトのある物件名が飛び込んできた。このすぐ隣にあった「竹の湯」という銭湯が廃業し、現在は、その銭湯建築を生かしたトンカツ屋になっている。そして東京の下町の銭湯には必ずと言っていいほど、コインランドリーが併設されており、それが賃貸物件として情報に出ていた「竹の湯別館」だった。
二子玉川生まれで、現在は中央区に住む橘さんだが、実はこの菊川で祖父母が薬局をやっていた。家からもそう遠くなく、家族のゆかりもある。そして何より名前が面白い。それで「竹の湯別館」という不動産屋の物件名を、そのまま店名として使うことになったのだ。
橘さんがワインが大好きなこともあって、自分の店ではナチュラルワインや日本のワイン、さらにクラフトビールや日本酒を出そうと決めた。そして近隣の「あ、これはおいしいな! と思った食べ物」を出していると橘さんはいう。実際、しゃれたワインはもちろんのこと、見たことのない、さまざまなクラフトビールが常に店内には置かれている。ノンアルコールも、たとえばクラフトジンジャーエールなど、近隣エリアから取り寄せた、こだわりのメーカーのものが置かれている。
ワインが銭湯のあの黄色の桶で冷やされているのはご愛嬌だ。そして壁の水色も、実は銭湯の湯をイメージしたものなのだそうだ。みんなで湯に浸かった気分で酒を飲む、といったところだろうか。
おつまみには、サラミやチーズのほか、海苔や山椒、マグロなど、いかにも東京の下町らしい和風の食材も使われている。上品に一口ずつ出されるこれらは、どれもワインやビールによく合うのだった。