2005年、実家のリンゴ園を気にかけつつも東京で忙しく働いていた小野さんに、転機が訪れる。両親がシードルの委託醸造を始めたのだ。委託醸造とは、原料を醸造所に持ち込み、シードルの製造を委託すること。この方法によって、醸造設備を持たない農家も自社ブランドの商品をつくることができる。
当時はまだレストランのシェフなど、ごく一部の人を除いてシードルはほとんど知られていなかった。時代を先取りするかのような両親の決断の裏には、リンゴ農家のある切実な悩みがあった。
「実家がシードルの委託醸造を始める3年くらい前に、リンゴが豊作の年があったんです。豊作だからといって食べる量が一気に増えるわけではないので、当然余ります。余ったリンゴでジャムやジュースをつくるのですが、賞味期限があるので売れる量にも限界があって。どうしたものかと悩んだ父が、近隣の小布施町のワイナリーさんでシードルの委託醸造ができるらしいと聞いてきたのが始まりです」
小野さんは父親から委託醸造の話を聞き、初めてシードルを買って飲んでみた。フルーティーで飲みやすい甘口と、すっきりとした味わいのなかに旨みを感じる辛口。「つくっている農家はまだほとんどいない。これはいけるかもしれない!」と直感した。
シードルにすることで、ふたつ利点があった。ひとつは賞味期限の問題。生のリンゴの賞味期限は数日から長いものでも3カ月ほど。ジャムやジュースにするとおよそ1年。ところが同じリンゴでも、果実酒になると「熟成」という概念が加わり、事実上、賞味期限がなくなる。
もうひとつ、小野さんが着目したのがラベルだ。基本的に個包装することがない生のリンゴは、ブランド構築が難しい。だがシードルであれば、ワインのエチケットのように、瓶に貼るラベルでオリジナリティーを出すことができる。
味、賞味期限、ブランディング。これら3つの観点から、シードルに将来性を感じた小野さんは、東京在住という地の利を生かそうと自らPR役を買って出た。