「私のこれまでの経験が、このコンパクトな空間に詰まっています」
そう言って、小野さんは目の前の醸造所を指差した。
どういうことだろう? 話は高校生の時までさかのぼる。
バンド活動に熱中していた小野さんは、周囲の友人が大学の受験勉強に取り組むなか、これといって勉強したいことを見出せずにいた。ならば進学するよりも働きながらバンドを続けようと、高校卒業後は長野市に本社を構える半導体メーカーに就職する。
品質管理部に配属されたものの、「ルーティンワークは性に合わない」と気づき1年で退職。「大学を卒業した方が仕事の選択肢が増えるかもしれない」と考え、転職先の自動車関連機器を扱う商社で働きながら、通信制の大学で経営情報学を、さらに専門学校でプログラミングを学んだ。
「機械を触ることが好きだったので、仕事は面白かったですね。営業先の大手自動車メーカーで顔見知りになった担当者の方に質問をしては、機械が動く仕組みを教えてもらっていました」
無事に大学を卒業した小野さんは「これからはITの時代」と考え、上京。プログラミングのスキルを生かし、ITコンサルタントやシステムエンジニアとして働き始める。経営の知識を深めようと中小企業診断士の資格も取得した。
ただ、地元を離れて暮らすようになっても、いつも頭にあったのは両親が営むリンゴ園だった。
「小さな頃からリンゴ畑を遊び場にして育ってきたので、その存在をずっと忘れられなくて。リンゴ農家の長男としてどうやって継いでいくべきかは、よく考えていました」