青山さんはこのサービスを始めた5カ月後、水揚げされても廃棄されるか海に返される、食用に向かない深海魚に目を留めた。
きっかけは「深海魚直送便」に、メンダコやグソクムシなどの食べられない深海魚をオマケとして入れたことだった。すると客から、「次はこんな魚が欲しい!」とリクエストが相次いだのだ。当初は1件1件対応していたが、手が回らなくなるまでに時間はかからなかった。
こんなに需要があるなら商品化してみてはどうか? 漁協に協力を仰ぎに行くと「ゴミを売ってどうするんだ!」と一蹴された。だが、青山さんは諦めなかった。
仲の良い漁師と一緒に、食用に向かない深海魚のみを詰めて発送する「ヘンテコ深海魚便」を始めると、そのユニークさから話題を呼びメディアにも取り上げられた。現在、利用者の8割がリピーターになっているという。
「大学の教授や、博物館、水族館、骨格標本をつくる作家さんや、水産学校の生徒さん。あとは、未来のさかなクン的な男の子や、YouTuberさんの『食べてみた』企画なんかでも利用されます。ヘンテコ深海魚便には新種の深海魚が多々入っているようで、論文発表され、謝辞に名前を載せてもらったこともあります」
青山さんが送った深海のヒトデを、医薬品の研究に役立てている大学教授もいるそうだ。「『研究が前進し、テレビ出演することもできた』とお礼のメールをもらった時はうれしかった」と言って、青山さんはクリンと丸い瞳を細めた。
見ず知らずの土地で、家族や親しい友人もいないなか、逆風にも負けず挑戦し続ける青山さん。そのバイタリティはどこから湧いているのだろう。
「人って、無意識のうちに自分の限界を決めてしまいがちですよね。たとえば『海外に住むことはできない』『お金持ちにはなれない』とか。私も海外に行くときに両親に反対されて、自分でも『無理かも』って思いこんでいました。でもやってみたら、あんなサバイバル生活にも慣れちゃうんです。だから、自分の思い込みや決めつけ、人の意見に惑わされないこと。願えば叶うし、やってみないとわからない。失敗してもなんとかなりますから」
「実は最近、一戸建ての物件を買ったんですよ」と笑顔を見せる彼女。1階は深海魚を見られる喫茶店、2階は宿泊施設にしようと計画中なのだそう。
「願えば叶う」「やってみないとわからない」世の中に溢れている言葉だけれど、それを愚直に実行している彼女だからこそ、言葉に確かな重みがあった。
私は「またお会いしましょう」と告げて、青山さんと別れた。