「ピンクシティ」と呼ばれる、インドのジャイプール。首都デリーから南西へ約260キロに位置する古都で、周囲を囲む城壁や旧市街は赤砂岩を使用した淡いピンク色で彩られている。

1999年か2000年の初春、伊藤雅崇さんは日本の旅行会社の添乗員として、日本人旅行者にこの街を案内していた。その日のジャイプールはインドらしい強い日差しで、ひと通りガイドした後、伊藤さんは木陰でひと息ついた。そこにはひとりでツアーに参加していた女性アーティストもいた。その女性は以前、インドのゴアを巡るツアーに参加したことがあり、その時も伊藤さんがガイドを務めていた。

顔見知りの気楽さで雑談をしている時、伊藤さんはこんな言葉を口にしていた。

「本屋になりたい」

「やめておきなさい」

女性客はそう言うと「会社にいたほうがいいわよ」と諭した。その理由は後に明らかになる。