入社して4カ月で、ツアー添乗員になった。最初の仕事は、シニアのお客さんを連れて中国の揚子江にある3つの渓谷、いわゆる「三峡」をチャーター船で下るツアーだった。世界最大級のダム「三峡ダム」が完成する前のことで、中国も昔ながらの雰囲気が色濃く残っていたという。
それからは、目まぐるしくあちこちへ飛んだ。1年間に6回、ロシアに行ったこともある。イラン、イスラエル、ジョージア(旧グルジア)やブータンなどプライベートではなかなか行かないようなところでも添乗した。
旅慣れたお客さんのガイドは、知識を求められる。人前で話すことが得意ではない伊藤さんは、バスで移動中、その国や地域、目的地の歴史や文化などを解説する時間が苦痛だった。だからと言って、逃れられるわけでもない。
まだインターネットの情報が充実していない時代だったから、図書館に行って訪問する国や都市の歴史を片っ端から調べた。それは面倒くさい仕事だったが、次第に気持ちが変化した。
「最初の頃って、例えばヨーロッパ一国の歴史を読んでもわけわかんないんですよ。でも、あちこちの国でそれを続けていくと、点と点が線になるみたいにだんだん全体像が見えてくるんですよ。この作業を繰り返すうちに、どの国も面白いと思うようになりました」
添乗員は、アンケートでお客さんの採点を受ける。社内では「良・普通・不可」の項目で、「良」の割合が評価の対象だった。最初の頃はまったく振るわなかったが、リサーチやガイドを楽しむようになると「良」の数も徐々に増えていった。冒頭に記したインドのジャイプールに行って女性のアーティストと話したのも、この頃だった。