物件探しが難航したり、ようやく見つけた荻窪の一軒家のリノベーションに予想以上のお金がかかったりと、開業までのハードルは決して低くなかった。しかし、解き放たれた伊藤さん着実に突き進んだ。そして2022年5月いっぱいで会社を退職し、翌月にオープンを迎えた。
20年以上前、ジャイプールの木陰で「本屋になりたい」と呟いた伊藤さんに「やめておきなさい」と言った女性客とは、細々と関係が続いていた。その女性はアーティストで、個展の案内がくると1年に1度か2度、足を運んでいたのだ。
2022年3月の展示の際、「お店を始めるんです」と報告すると、彼女は「おめでとう、夢が叶いましたね!」と手放しで喜んでくれた。そして後日、店を訪ねてきた時に打ち明けた。かつて親戚が営んでいた書店が倒産し、経営の難しさを知っていたこと、それゆえにインドで「やめておきなさい」と言ったものの、長年悔やんでいたこと。京都に行った時、若者が書店や古書店を経営している姿を見て、「なんであんなことを言っちゃたんだろう」と思ったこと。
そして、なにか力になれればと「本で旅するVia」のギャラリーで個展をすることを伊藤さんに申し出て、1月に展示を行った。その時、ふたりはインドでの思い出話に花を咲かせたそうだ。
取材の日、伊藤さんは「実際に蓋を開けてみたら大変なんですけどね」と苦笑しながらも、晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
「お客さんや展示してくれる作家さんも含めて、会社勤めしていたら会えない人たちに会えて、お話ができて、刺激もらって、すごく楽しいです。僕はやっぱり編集をしたいんだと思うんですよ。それはお店の空間もそうだし、ギャラリーの使い方も。旅が好きなので、いろいろな国の紹介もしたいんです。荻窪界隈にはエスニックのお店がいっぱいあるので、 そこで働いている料理人の方を通してその国を紹介するみたいな」
ワクワクしている様子が伝わってくる伊藤さんに、「新しい旅が始まった感じですね」と伝えると、伊藤さんはニコリとほほ笑んだ。
「そうですね。この年にしてって感じではあるんですけど。いろんな出会いが始まっています」