伊藤さんにとって、いろいろな国に行けるのは楽しいことだった。その一方で、このままこの会社にいてこの仕事を続けていいものだろうかと疑問が湧いて辞表を出したのが2001年。上司や支店長に慰留され、ホテルなどを予約する部署を経て、月刊のツアー情報誌を作る編集部に異動になった。
その情報誌は顧客や希望者に配布するもので、ツアーの魅力を伝える記事は添乗員が書いた。当然、伊藤さんも何度も記事を担当していてどういうものかわかっていた。かつて「出版社で編集をしたい」と思っていた伊藤さんにとって、「やりたかったことに近い」と感じる職場だった。
それから20年間、編集部の一員としてツアー情報誌作りに携わった。たまに添乗員が足りなくなり、助っ人として駆り出されることはあったものの、基本的には内勤だった。
その情報誌のなかで、毎月、旅にまつわる書籍を1、2冊紹介するページがあり、伊藤さんが担当した。読書を趣味にしていることもあって自費で書籍を購入することもあった。それに加えてプライベートで買う本もあるから、本は増える一方だった。
本の物量が増すと同時に本への愛着も深まり、2004年、2005年頃には「旅の本屋さんをやりたい」と思うようになっていた。その思いが募り、書店に話を聞きに行ったり、商工会議所が主催する起業塾に参加したりしてみて、頭に浮かんだ言葉は「僕にはできない」だった。
「本当にひとりでやっていけるのかなと。本屋さんは1000円の本を売っても、利益は200円ぐらいなんですよ。1日に何人のお客さんが来て、どれぐらい本を買ってくれたら維持できるんだろうと考えたら、難しいですよね」
モヤモヤモヤモヤしているうちに結婚し、後に妻からも「性格的に合ってないと思うから、(商売は)やめたほうがいい」と止められた。