未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
218

日本唯一のユニバーサルシアター、シネマ・チュプキ・タバタはどうやって生まれたのか 田端の町の片隅に、チャップリンは流れた

文= 川内有緒
写真= 川内有緒・橘祐希
一部写真提供= シネマ・チュプキ・タバタ
未知の細道 No.218 |26 September 2022
この記事をはじめから読む

#2三回見るべき映画

写真提供:シネマ・チュプキ・タバタ ©Chupki/映画『こころの通訳者たちWhat a Wonderful World』より

映画は、興味深い内容だった。感動する、といえばそうなのかもしれないが、それだけでは表現しきれない奥行きと複雑さを秘めている。聞こえない人、見えない人、その間をつなぐ人々、そして自分自身が持つ感覚がフル稼働して、未知の感覚世界と交互に行ったり来たりするような感じだ。巧みな構成や編集のおかげで、視点が何度も入れ替わって、最後にはもう一度映画館にいる自分にちゃんと戻っていく。
このような映画体験は初めてだった。

写真提供:シネマ・チュプキ・タバタ ©Chupki/映画『こころの通訳者たちWhat a Wonderful World』より

映画公式ページからあらすじを引用したい。

『こころの通訳者たち』は、演劇を聴こえない人に伝える「舞台手話通訳者」の悪戦苦闘の日々を追った短編ドキュメンタリー『ようこそ舞台手話通訳の世界へ』を、見えない人に伝えようと、手話表現の音声ガイド制作という前代未聞の試みに挑戦する人たちを追ったドキュメンタリーです。聴こえない人の視覚言語「手話」を見えない人の聴覚言語「声」に"通訳"する。視覚障害者と聴覚障害者、その間をつなぐ通訳者たちが一堂に会し、対話を重ね、壁にぶつかりながら音声ガイドを創り上げる、「こころ」を渡すという"通訳"の本質に迫ります。

一回さっと読んだだけで、映画の内容を想像できる人は少ないだろう。要するに、ある演劇で実践された特別な手話(舞台手話通訳)の臨場感を、目の見えない人たちにも伝えるために、その手話通訳の動きを音声ガイドに転換するという試みを追ったものだ。

試写が終わると山田監督の挨拶が始まり、「とても情報量の多い映画ですよね! でも3回見るとわかりますので、3回見てくださいね!」とにこやかに挨拶し、場内がわっと沸いた。その後もキャストたちの挨拶が続き(そのひとりは盲導犬を連れていた)、なんとも充実した試写会である。試写会が終わっても、自然発生的に映画のキャストやプロデューサーとおしゃべりが生まれ、ああ本当に楽しかったな、いい1日だなあ、と思いながら帰途についた。

映画のなかで特に印象に残った人物がいた。
それは音声ガイド作りの中心人物である平塚千穂子さんだ。落ち着いた口調で関係者との対話を積み重ね、難しい道のりを着実に進んでいく。その静かな情熱を燃やす姿に圧倒された。その平塚さんはシネマ・チュプキ・タバタの代表でもある。

シネマ・チュプキ・タバタの平塚千穂子さん

どうやってこのユニバーサルシアターが生まれたか。
音声ガイドは、どうやって作るのか。今回の映画で伝えたいことはなにか。
もっとこの人のお話を聞いてみたいと思った。

1カ月後、私は再び田端駅に降り立った。
少し蒸し暑い、夏の終わりの午後だった。

このエントリーをはてなブックマークに追加

TOPICS

  • 開高健ノンフィクション賞を受賞
    ニュース 川内有緒さんが開高健ノンフィクション賞を受賞

    川内有緒さんの書籍「空をゆく巨人」が、第16回 開高健ノンフィクション賞を受賞しました!受賞作品の詳細と合わせて、川内有緒さんのドラぷら「未知の細道」の掲載記事を紹介します。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。