未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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日本唯一のユニバーサルシアター、シネマ・チュプキ・タバタはどうやって生まれたのか 田端の町の片隅に、チャップリンは流れた

文= 川内有緒
写真= 川内有緒・橘祐希
一部写真提供= シネマ・チュプキ・タバタ
未知の細道 No.218 |26 September 2022
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#11"伝わらなさ"にフォーカスしない

写真提供:シネマ・チュプキ・タバタ ©Chupki/映画『こころの通訳者たちWhat a Wonderful World』より

ようやくここで、映画『こころの通訳者たち What a Wonderful World』の話に戻ろう。最初にも書いた通り、このシネマ・チュプキ・タバタの2階にある音声ガイドのスタジオが映画後半の舞台であり、平塚さん自身もキャストのひとりである。

――これは平塚さんが企画された映画なんですか?
「いやいや、うちは映画を作る予定はまったくなかったんですよー。山田礼於監督から持ち込まれた企画でした。もともと舞台手話通訳の現場を撮影し、短編の動画を作っていた人や監督たちが、その後の音声ガイド制作の部分も撮影して、一本の長編映画にしたいという話でした」

普段、見えない人と聞こえない人の世界は、なかなか交わることが少ない。だから視覚障害者にとっては、手話通訳はあまり接点がない世界だ。同時に手話通訳は想像以上に繊細かつ複雑な動きでニュアンスを伝えるもので、簡単には音声ガイドに置きかえられない。だから、映画の中でもさまざまな意見が飛び交い、音声ガイド作りは何度も暗礁に乗り上げそう。本当にガイドは完成するのか!? そこらへんが映画の中盤の見どころでもある。(今年10月からロードショーが始まる本作の上映情報は公式HPでご確認ください。映画『こころの通訳者たち』公式サイト

音声ガイド作りにはさまざまな人々が参加・協力した
写真提供:シネマ・チュプキ・タバタ ©Chupki/映画『こころの通訳者たちWhat a Wonderful World』より

先にも書いたが、映画のなかで特に印象的なのが、忍耐強く、そして楽しそうに周囲の人たちと対話を重ねていく平塚さんの姿である。それは、一定のリズムを刻みながら、異なる楽器の曲をまとめあげるパーカッションみたいだ。これまでの長い軌跡を聞けば、あの落ち着いたトーンの声は、積み重ねてきた無数の経験に裏打ちされたものだったことがわかる。

それでも、わたしは最後に聞いてみたかった。
――こうして、長年、多様な背景の人と一緒に何かをするなかで、伝えたくても伝わらない、そういうふうに感じてしまうことはないですか。

「うーん……どうだろう、真摯に伝えていけば、伝わっていくべきところには伝わっていくんだろうと思います。どうしてわかってくれないのとか、伝わんないなあとか、相手を批判するような気持ちとか、そういうエネルギーが少しでもあると、物事はうまくいかない。だからわたしは、ただストレートに、こうなったらよくないですか、と呼びかけるだけです。不満を言う人や戦っている人を見ていると、むしろ伝わらない方向に事を呼び寄せているような気がします。仮に"伝わらなさ"があったとしても、わたしは、そっちのほうにフォーカスを当てないんです、ははっ!!」

平塚さんが、最初に『街の灯』を上映したいと動き出した日から20年以上。映画のバリアフリー化を取り巻く状況は大きく移り変わった。以前よりずっと多くの映画に音声ガイドやバリアフリー字幕がつくようになり、また現在では、自分のスマホなどを使って字幕や音声ガイドを再生するアプリ『UDCast』もある。しかし、まだ「誰もが同じように楽しむ」までの道のりの途上にすぎない。現にアメリカには300以上あるバリアフリー映画館は、日本では、まだここだけである。

映画館設立から7年目となった2022年、シネマ・チュプキ・タバタは再びクラウドファンディングに挑戦した。設備をバージョンアップすると同時に、今回の映画を全国に配給するためだ。800人以上から集まった支援は934万6,230円にも上り(!)、いま映画は田端から全国を駆け巡ろうとしている。

そして、今日も田端の街には小さなあかりがぽっと灯る。
誰もが思い立ったらすぐに映画が見られるように。願いをこめて。

映画館のスタッフのみなさんと平塚千穂子さん
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