漆の木はけっこうひょろひょろしているものもあった。
「このあたりの木は7,8年くらいなのでまだ細いですよね。漆の木っていうのは、他の木に比べてデリケートなので、下草を刈ったり、つる草を取り除いたりと人が手をかけてあげないと育たないんです。そうして手をかけた漆の木が育ち、漆液がとれるようになるまでに15年もかかるんです。それで、一本の漆の木からとれる漆の量は、コップ1杯分。それはお椀を塗るとすると15個分くらいに相当します」
ほほーー!それは大変だ。
いま国産の漆は大変貴重なものである。日本で生産される漆器の多くが、実は海外産(主に中国産)の漆を使用している。全流通量のうち国産の漆の比率は数%になってしまっている。しかし近年、日本各地で少しずつ漆の植栽活動も盛り上がり始めている。会津では、「NPO法人はるなか・漆部会」という市民団体などが漆の木を育てる活動を行っており、里山の林地などを借りて数千本の漆の木を育てている。漆の木の育成活動に参加するのは漆器の職人を中心とした会員や市民ボランティアで貝沼さんもそのひとり。
育てた漆の木から樹液を採取する作業がこれまた手間と時間がかかるらしい。私たちの目の前にはちょうど切り倒したばかりの漆の木があった。そこには、しましま模様の傷がついている。これが、漆を採取した時にできた傷なのだが、ただ傷をつければ自動的に漆液が採れる、という単純な話でもない。
「漆液は人間で言えば瘡蓋と同じ役割。漆の木は体に傷がついたことを察知すると、自分の身を守るために初めて漆液を作り始めるんです。だから“漆掻き職人”は、最初に少しだけ傷をつけて様子を見て、その後は5日に1回くらいの間隔で、ゆっくりゆっくり次の傷を長くしていきます。そうすると、漆の木が元気な状態で漆液を作り続けてくれて、最大限にその木の力を活かしきりながら採ることができます」
職人と漆の樹液作りの呼吸がぴったり合う時に、たくさんの質の良い漆がとれる。それこそが「職人の技」だが、会津ではもう漆掻き職人はわずか数人しかいない。しかし、この世に“漆掻き職人”なるお仕事があるということも、今日初めて知った。