漆の植栽地から始まった「めぐる」取材ツアーは、最後に塗り師の冨樫孝男さんの工房に辿り着いた。冨樫さんは「日月」シリーズの漆の塗り作業を担当する。父も漆器の塗り師であり、また冨樫さん自身にも弟子がいて、漆塗りの技術を次世代に繋ぐ貴重な存在である。
「同じ材料、同じ場所で塗っても、人によって出来上がるものは変わる。その日の温度や湿度によっても変わる。いくら狙っても同じものができない、そういう面白さが塗りの世界にはあります」と冨樫さんは言う。その話を聞いて、改めて漆は生きものなんだなあと思った。
話を聞きながら、冨樫さんが自身で制作・販売している漆器を見せてもらった。冨樫さんは、注文を受けるだけではなく、独自のデザインや塗り方の漆器やテーブルウェアを作っている。見ているうちに何がおこったのか、自分のなかで「買いたい!」という気持ちがむくむくと湧いてきた。
取材の途中なのにどうしよう……と思いながらも目が離せない。
惹かれたのはちょっと値がはる一品だったが、素直な気持ちにしたがって買うことを決意。別に娘の代まで使ってもらえば安いものだと思った。貝沼さんのツアーのおかげで、自分の漆器に対する理解や意識もずいぶん変わったらしい。そのとき、自分の家にある漆器にもちゃんと感謝して手入れしてあげようと心を入れ替えた。
さきほども書いた通り、漆塗り職人はずいぶん少なくなったが、若い人でものづくりに関わりたいと県外から修行にやってくるひとも増えている。そのひとりが、取材の途中で出会った吉田真菜さんである。会津の漆器づくりに惹かれ、地域おこし協力隊として広島からやってきた。少し話しただけでも、その真剣な学びの姿勢や“漆愛”の強さはビシバシと伝わってきた。
吉田さんは直接「めぐる」の生産に関わっているわけではないが、会津の漆器産業を支え、盛り上げる仲間のひとりである。
貝沼さんは静かな熱気を持って語る。
「僕は足を引っ張り合うんじゃなく、みんなでお互いにいい影響や刺激を与え合って地域に良い流れを作っていければいいと思うんです。僕自身は企画をする人間なので、言ってしまえばなんの特定の技術もない。でもそれぞれのプロと関わりながら、みんなの力が合わさって、今までのよくない循環を、良い循環に変えていく。良い流れをいかに作っていけるかというのが僕の挑戦です。そこには近道はなくて、たとえ長い時間がかかっても丁寧に続けるしかないというのが結論です。でも“やるべき”だからやるわけじゃなくて、それが面白いからやってるんですけどね」