漆は日本では縄文時代から使われ、日本人の生活にはなくてはならないものだった。その理由のひとつが、高いコーティング性能と漆が持つ抜きん出た抗菌作用である。
漆は一度固まってしまうと強い酸やアルカリにも溶けないほど強く、高い防水・防腐性能が長く続くそうだ。また、京都工芸漆器協同組合内の実験データによれば、漆を塗ったプラスチックの表面上に大腸菌やサルモネラ菌を置いておくと、4時間後には菌が半減し、24時間後にはゼロになったという結果も出ているという。お節料理は漆塗りの重箱に入れて保管するわけだが、あれも食べ物を腐敗から守るという昔の人の知恵から来ているのかもしれない。
ひええ、漆って、めちゃくちゃスゴイのかも……。そう思ったところで、貝沼さんはすかさず漆について解説を続けた。
「漆はある種の発酵塗料で、漆が持つ生きた酵素(ラッカーゼ)によって固まります。」
発酵?って、つまりお酒とかみたいに!?
「世界中にいろんな塗料があるけれど、ペンキなど他の塗料は乾燥、つまり水分や溶剤が揮発することによって固まるので最初の液体の状態よりも目減りします。しかし、逆に漆は酵素の働きで空気中の湿気から酸素を取り込んで固まるので、潤いのあるふっくらした艶が保たれます。この森の中のように、しっとりした空気の中で固まるように出来ています」
ふむむふ、なるほど!
木が自分の身を守るための液だからこそ漆器には抗菌作業があるんですね、とわたしはカルチャー講座の生徒のように頷いた。そして、漆器のしっとりと吸い付くような感触の秘密には発酵のちからも働いていたなんて!普段は見えない酵素の力が食品だけでなく器の生成にも働いてくれているのかーー。
なんだか、ワクワクを超えて、ゾクゾクするような話だった。
ということは……見た目も艶やかで、手触りも滑らかで、抗菌作業もある。もはや最強のコーティング材じゃないですか! わわわ、と私は、漆林のど真ん中で声をあげた。
同時にそんな基本的なことすら知らずに毎日のように漆器を使ってきたことが信じられなかった。
「そう、漆は縄文時代から続く最強の素材なんですよ! それでいて漆はまだ謎が多くて、人間の叡智が及ばない部分も多いので、言葉を超えた職人さんたちの経験や勘が活きる。
その分、面白さとロマンもあって、“センス・オブ・ワンダー”の塊なんです。漆のことを考え始めると、伝統や工芸という枠を超えて、植物学や考古学や文化人類学、哲学の世界にも広がっていく。混沌とした原初的なパワーがあって、それを一言で表すと漆はロックなんですよ!
」
と貝沼さんは熱い口調で語った。
おお、ここでロックが繋がってくるのか!
何しろ「めぐる」を運営する会社の名前は「漆とロック」という社名なのである。