塩を入れるタイミングも重要だ。普通に考えれば、野菜や肉を煮込んだあと、最後に味つけとして塩を入れがちなものだが、塩はだし汁を入れる前。具材を炒めているときにしっかり塩を馴染ませてから、だし汁を入れる。
「おつゆに味つけすると、そこから具材がそれぞれに塩を吸収していくことになります。そうなると、塩分を吸収しやすい具材と、そうでない具材で塩味の感じ方が変わってしまうんです。また、食べたとき具材に塩気を感じにくくなるので、どうしてもつゆをしょっぱくしてしまいがちなんですよね。先に具材にだけ塩をよく馴染ませてから調理すると、具材を食べたときに舌が塩分を感じやすく、少ない塩でも満足感につながります」
このちょっとした工夫は、食べる人のことをいちばん考えた、懐石ならではのおもてなしといえる。
少し横道に逸れてしまうが、実は「カイセキリョウリ」というものはふた通りある。ひとつは「懐石」で、お茶を点ててもらう前の料理として作られたもの。お茶をおいしくいただくことが主なので、料理は丁寧ながらも質素で、食べ切れるささやかな量だけに限られている。
一方もうひとつの「会席」は懐石より古く、お酒の宴の席で振る舞われる料理で、料亭での料理はこちらである。八百善も以前は会席料理だったが、八代目が茶人として名を成し、今では懐石料理を基としている。
というのも、懐石と会席では料理の作法も順番も盛りつけ方も、ぜんぜん違うのだ。たとえば懐石では最初に出てくる飯と汁が、お酒メインの会席では最後になる。また、豪華に盛りつける会席と違い、懐石では器に食べられないものを盛ってはいけなかったり、飾りつけをしてはいけなかったりする。
八百善が代々守ってきた「六戒」には、「料理を芸術と思うべからず」という言葉があり、そこからも懐石の心が見えてくる。