とはいえ、荻田さんはあくまでも“冒険家”なはずだ。やっぱり誰もいない荒野を歩いたり、ソリをひいたりといった自由で孤独な旅が恋しくならないのだろうか。
「北極にはまた行きますよ。でも、自分ひとりでガリガリ自分のことだけをやるのはそろそろ終わりかなっていうのは感じています。ここからやっと自分の“アウトプット”が始まるかなって」
そう言うので、「え!じゃあ、今までの冒険は、アウトプットじゃなかったんですか?」と私は驚いた。すると笑いながら「いやもう、これまでずっとインプットですよ!これからがアウトプットです!」と答えた。えーーっ、そうなの?
荻田さんは2012年から毎年「100マイルアドベンチャー」という活動を行なっている。夏休みに、小学生たちを連れて日本国内100マイル(160km)を踏破するという冒険の旅である。かつて大場満郎さんが荻田さんを北極に連れていったことでひとりの冒険家が生まれたように、参加した小学生の誰かがいつか冒険家になるのかもしれない。
この本屋もそんなアウトプットのひとつなのだろう。
「今はこの書店をどう面白い場に育てていくのかを考えています。それ自体が私にとっては未知への冒険であり、最高に面白い挑戦なんです」
そういえば、荻田さんが「本屋をやろう!」と思いつく1年前に出版された『考える脚』のなかで、彼はこう書いている。
やるべきこと、やりたいこと、できることの三つが一致した人生とは幸せの人生だ。私はこの一八年間、極地を歩きながら「自分にとっての幸福感」を追い求めてきた。なぜ極地を歩くのか。それはどこかに辿り着きたいからではない。北極点や南極点なんて、なんの意味もない場所だ。私が欲しいのは、たどり着く場所ではなくて向かっていく方向だ。
この時、まだ「やるべきこと」が本屋だなんて想像すらしていなかった。しかし、いま彼は最高に幸せな旅の途中にいるのだ。
それは、私たちにとっても幸運なことだろう。桜ヶ丘という静かな町に降り立てば、冒険を後押しするような刺激的な本がずらっとそろっている。そして、その店の片隅では本物の冒険家がニコニコしながら待ってくれているのだ。
そんな場所、他にはないよね!?