オープンして7ヶ月ほどだが、荻田さんの中にはある種の理想の本屋のイメージがあるようだ。キーワードは「機能と祈り」である。
話は前後するが、この本屋を特徴づける活動のひとつが、「冒険クロストーク」というイベントシリーズである。探検家の角幡唯介さん、写真家の小松由香さんなどと錚々たるメンバーが参加する人気イベントだが、中でも特に荻田さんの印象に残ったのは、2回目となる澁澤寿一さんの回だった。澁澤さんは、渋沢栄一の曾孫で、「里山資本主義」として有名になった岡山県真庭市で木質バイオマスを活用したまちづくりなどをサポートしてきた人である。
「このトークの時に聞いたのが、『機能と祈り』という言葉でした」
もともとは、哲学者の内山節が著作で書いた言葉だが、荻田さんはそこに独自の解釈を加える。荻田さんによれば「機能」は代替可能な領域で、逆に代替不可能な領域が「祈り」である。よくわからない? ええ、大丈夫です。最初は私もよくわからなかったが、話を聞いているうちにしっかりと理解できた。
まず言えるのは、人でも場所でも、それぞれの中に「機能と祈り」の両方があるということだ。
「おそらく我々のじいさんぐらいの世代の人たちは、日本が戦争で負けて、目の前にいる子供とか孫とかを食わせないといけないからとにかく頑張って働いた。それって、みんなの祈りの結果じゃないですか。それは、父親であるとか、お金を稼ぐ人という「機能」として行ったことではなく、深い祈りの中で機能を果たしてきたんじゃないかと思うんです」
もちろん本屋にも機能と祈りの両方が存在する。
「町の本屋が持っていた機能は、手軽に本が買える場所ということでした。しかし、オンラインショップが出てきて、本を買える場所という機能の大きな部分がごっそり奪われた。もう町の本屋がAmazonと機能で戦っても勝ち目ないわけですよ。100パーセント負けます。だから、入れ替えが不可能な“祈り”が大事になるんです。この本屋じゃなきゃ駄目とか、この人の選ぶのものだから面白いとか、このお店だから買いたいっていう、そういう部分が“祈り”になっていく」
もちろん本屋にとっても、お客さんは機能であり、祈りである。
「一般的にはお客さんってお金を持ってきてくれる人という“機能“であるわけですよ。例えばチェーン店に並ぶ商品だったらそれを買う人なら誰でもいいというような。でも中にはあの人に買ってもらいたいとか、いつも来るあの人に読んでもらいたいという思いで仕入れることもある。そうやって人と店が出会う時、お客さんは、機能ではなく、祈りになります」
しかし、荻田さんは“祈り”一辺倒の原理主義者ではない。むしろ経済活動は、機能と祈りの両輪なんじゃないかと言う。
「本屋がなかったこの町の人にとっては気軽に寄れる本屋という機能があるのはやっぱり便利だと思うんです。だからそれも大事にしていきたい」