その頃、生活綴方の奥にある土間スペースに、一台の機械が置かれた。リソグラフと呼ばれるデジタル印刷機である。シルクスクリーン技術を使った印刷機で、以前は小学校などの教育現場で導入されていた(「ガリ版」というやつだ)。海外ではアーティスト自身が自由に印刷できるようなリソグラフスタジオも多数あり、たくさんの作品や書籍がリソグラフで生まれている。要するにこの機械があれば、自分たちで本を作ることが可能になるのである。
こうして「本は誰でも作れる」という実践が始まった。出版部門を担当するのは中岡さんで、最初に作ったのは『点綴』(てんてい)という雑誌だった。寄稿したのは主に店番の人たち。初めて本にする原稿を書いた人も少なくなかった。その本は1000円の価格がつけられ生活綴方の棚に並べられた。少しずつ在庫は減っていき、ほどなくして数百冊が完売。その後も、生活綴方では新しい本を作り続けている。
ただ、印刷自体は機械がやってくれるが、その後の製本作業は人力である。そのとき活躍するのは、お店番の人々だ。作業スペースはこたつがある小上がりスペース。みんなでわいわいしながら、部活のようなノリで本を作り上げていくのだ。この場所で書き、作り、売るという独自の出版サイクルができ上がった。
その中から、生活綴方レーベルを代表するような本も生まれた。妙蓮寺在住のイラスト作家、安達茉莉子さんの『私の生活改善運動』である。自分の幸せを模索し、自らの手で生活のあちこちを改善していくそのプロセスを綴った一冊。最初に300部作ったが、好評につき売り切れ、増刷を重ね、今では計1000部となった。
長年書店員をしてきた鈴木さんも、この「本を作る本屋」という発想には驚かされた。
「こういうやり方があったのかあって。作る手間はかかるけど、利幅をこっちで決められる。一冊売れた時の利率もよくって、経営的にも助かります」