鈴木さんは渋谷の大手のチェーン書店で働き、忙しい日々を送っていた。ただその仕事内容に関してはあまりハッピーではなかった。
「アイドルの写真集のイベントとかも多いお店で、レジも忙しいし、新刊が届いても並べる時間もとれないほどでした」
いつしか、なんだか虚しい……もっと本に触れるところで働きたいと思うようになった。
そんな時、ぶらりと入ったのが本屋・生活綴方だった。その日お店番の青木直哉さんは鈴木さんに声をかけ、話がはずむとこう言った。
「お近くだったらお店番をやってみませんか?」
本屋で働きながら、休みの日も本屋で店番をするとはなんとも酔狂な話である。しかし鈴木さんは「ものはためしだ」と店番に参加した。そしてお店番の合間に一冊の本にポップをつけると、それがぽろっと売れた。
中岡さんたちは、そこに大注目した。
「鈴木さんは他のひとと違って『本を売るぞ!』という気持ちが入っていた。ピンときました。この人を店長にしたら本屋に新しい風が吹くって」
そもそも、それまで生活綴方には店長と呼べるような人はおらず、書店員の経験がある人すら皆無だった。石堂さんは石堂書店だけで手一杯だし、中岡さんの本業はあくまでも出版社だ。良い番頭が欲しいというのはふたりの共通の思いだった。
石堂さん&中岡さんは、ねえねえ、生活綴方の店長になりませんかと鈴木さんにオファー。その答えは実に簡潔。で「石堂書店の方にも関われるならば来ますよ」というものだった。
安定したチェーン書店をやめ、経営が厳しい石堂書店に関わりたいと思ったのはなぜだったんだろう。私は率直に質問した。すると、鈴木さんは柔らかな声でこう答えた。
「私はいろんな書店に勤めたのですが、最初に勤めたのが町に根ざした町の本屋さんでした。今思うとその感じが石堂書店と似ていました。そういう普通の本屋さんも私は好きだったんです」