ストーブの熱気とやかんの蒸気でいやというほどじめっとさせた室の中で、麹は「はぜて」いく。「はぜる」は「破精る」と書き、麹菌が繁殖していくさまをいう。それがもう、おもしろいくらいにお米からニョキニョキと、白い糸のような菌糸がびっしりと生えていくのだ。
ちなみに「麹」という漢字は中国からやってきたのだが、江戸時代後期には「糀」という和製漢字が日本で誕生している。それは、こうしてお米に花が咲くように菌糸が育つさまを顕微鏡で見られるようになったからで、このようすを表して漢字ができた。ただし、「麹」という字が麦麹や豆麹に使われるのに対し、「糀」は米麹にしか使わない。
石黒さんは日中の仕事が終わっても、ひとりで夜中0時と朝の4時半に室へ行く。麹は発酵をはじめると発酵熱を出し、自分の温度で麹菌を殺してしまうからだ。そうならないために、こうじ蓋の場所を移動させたりかき混ぜたり、朝晩問わず温度管理に努めなくてはならない。
そうしてようやく4日間かけて麹ができあがる。完成する麹の量はこうじ蓋400枚分。こうじ蓋1枚分にお米が1升入っているから、400升という途方もない量なのだが、そのすべてがあっという間に売れていく。
限られたスペースの中で手作業する製造方法では、大量生産はできない。でも、このこうじ蓋製法という昔ながらの伝統的な作り方を、石黒さんは頑なに教え通りに守っている。
「やっぱりね、できる限りのことをして作らないと、みなさんに申し訳ないですよ。簡単にしたり手を抜いたり、そういうこともできるかもしれないけど、心のどこかにそういういやなものが引っかかるでしょう? それじゃあやっぱり悲しいですよ。だからね、いろんなところで売ってくださいって言ってくださるんですけど、こうして手で作っているもんで、作れる分しかできあがらないわけです。4時半に起きなくちゃいけないから、お酒だってやめたんですよ」
そんな石黒さんの貴重な麹を求めて、雨だというのに取材中もひっきりなしにお客さんが訪れていた。麹そのものを買っていく人、甘酒や塩麹や味噌を買っていく人、かぶらずし用の甘酒も売れていく。また、オンラインショップには海外からの注文もあり、シェフや料理人からの信頼も厚い。
「うちの麹は、酵素が多いのが特徴です。研究機関に出して調べてもらっていますが、一般的な麹の倍以上検出されるんです。酵素が多いと、肉や魚を漬けたときに柔らかくなります。栄養素を分解する働きも強いので、甘みやうまみを感じるアミノ酸もたっぷり。味噌作りに使うと、大豆がとろとろになって味噌に粒が残らないんですよ」