おいしいものをおいしいって表現するしかないのはもどかしい。でも、おいしいのだ。室生犀星はこんなふうにケーキ型に切り分けず、ブリがいっぱい入っている中心部だけを四角く切ってもらい、他の部分を妻や子どもたちが食べた……というエピゾードが残っているのだが、たしかにブリが挟んであるからこそのもの。
3日目に食べたときはブリがほんの少し生ぐさかったのに、日を追うごとにさらに生ハム化。複雑な味で表現が難しいが、うっかりすると1枚ぺろりと食べてしまえるおいしさだ。
仕上がってから10日のうちに、少しずつ味が変わっていくのもまた楽しい。粒がしっかりしていた漬け床は徐々にとろけてきて形がなくなっていき、かぶも柔らかくなる。かぶとブリのうまみが移った漬け床をごはんにのせて食べるのもおいしくて、10日かけて大事に食べた。
四十万谷さんが言っていたとおり、食べるたび金沢のことを思い出す。歴史が詰まっていて、どこを歩いても景色が目に止まる町。今回伺ったときは、大雨かと思ったら晴れ、そうかと思ったら雷が鳴った。どうやら冬の北陸ではよくある天気らしい。
そういえば四十万谷さんが「そろそろブリ起こしなんですよ」って教えてくださったなあ。雷がブリを誘い、そのあとに豊漁になるから、冬の雷のことをブリ起こしと呼ぶんだそうだ。
そんな思い出話とあわせて、お正月には誰かにかぶらずしを送ってみようかな。芥川龍之介は泉鏡花からもらったかぶらずしを、鋳金家で歌人の香取秀真にお裾分けしている。自分がおいしかったものを、親しい人にも食べさせたい。その気持ちはむかしも今も変わらないのだろう。