威勢のいい呼び声を聞きながら店々を見て歩いていると、おじさんが漬物樽から何やら取り出しているのが目に入った。看板もないし、お店というんじゃなく、ちょっと長机を出してきて勝手に売っているみたいな、そんな一角だった。
「それ、何ですか?」と尋ねると、おじさんは「かぶらずし」と、ぶっきらぼうに言った。売り物じゃないのかな。それともひやかしだと思われたのかもしれない。こういうときわたしはすぐに怯んでしまうのだけど、それがなんなのか本当に興味があった。
おじさんは漬物樽に入った白くてまあるい、お餅のようにも見える何かをビニール袋にひとつずつ入れていく。「すし」かあ。わたしがあんまり好きじゃないものかしら。発酵させたすっぱい魚は苦手なのだ。それでもわたしは突っ立ってしばらく見ていた。
「かぶに、ブリを挟んで発酵させたやつなの」
「ブリ? この中にブリが入ってるの?」
おじさんは丁寧に手をひらいた。近づいてみると、かぶにはハンバーガーのような切り込みが入っていて、うすピンク色のものが挟まっていた。
「へえ。ひとつください」
思わず言うと、おじさんは、よしよし、みたいな顔をしてうなずき、「ケーキみたいに、こうして切って食べるのよ」と、右手を包丁に見立てて教えてくれる。
「わかった」
わたしは子どもみたいにうなずいて、それをカバンにしまう。600円か800円だった。いったいどんな味なのかまったくわからないまま、東京に帰った。