疲れているときや悲しいとき、ふと口にしたもののおいしさに救われたことがわたしにもある。それが自分のふるさとのものだったら、やっぱり特別な気持ちになるんだろうなあ、なんて想像した。
「金沢では、ご自宅でかぶらずしを作るのがならわしなんですか?」
「いえ、今ではご自分で作られるほうがめずらしいかもしれません。ハレの日を飾るお漬物なので、お正月の贈り物にする方も多いんですよ」
たしかに、金沢生まれの作家・泉鏡花は、師であった尾崎紅葉や、芥川龍之介にかぶらずしを贈ったという記述が残っている。そういえばかぶとブリのことしか書いてこなかったが、散らしてある千切りのにんじんも大切で、かぶの白と合わせて紅白を意味するそうだ。
「百万石青首かぶは、この土地でしか作られていないのでしょうか?」
「そうですね。うちでは10年ほど前から自社農園で育てていて、今まさに収穫しているところです。どの地方も同じだと思いますが、石川県も食料自給率が低くて耕作放棄地が多くあります。そういう問題にも取り組みたいし、農家の方にいい野菜づくりをお願いするだけでなく、自分たちで作って大変さを知っておくべきでは、という父の考えもあってはじめました」
四十萬谷本舗が新たなアイデアを具現化しながら進化する裏には、新しい挑戦を応援してくれる五代目のお父さんの存在がある。今では工場長の発案で、これまで廃棄処分されていたかぶの皮などを肥料にし、循環型の商品作りをしているそうだ。
そんなかぶらずしの作り方を、四十萬谷本舗の発酵文化研究員・山岸峰雄さんに教えていただいた。コロナ禍で予定が変わる可能性もあるが、毎年11月と1月に行われ、誰でも予約すればかぶらずし作りを体験できる。