予約のためにメールを送ると、女将さんから電話があり「何番のお部屋がいいですか」と聞かれる。「原稿を書くのに向いている部屋がいいです」と伝えると、「小津監督も使っていらっしゃった二番のお部屋にしましょう」と言ってくださる。
はい、ぜひ! そのお部屋でお願いします。
カバンにPCや書きかけの原稿のコピー、資料を詰め込んだ。新宿駅の湘南新宿ラインホームに着くと、5分ほど悩んだすえに、一念発起してグリーン券を買った。身に余る贅沢だがすべては原稿のためだ。
多くの作家が、散歩をしたり、電車に乗っているときに、新しいアイディアが閃くとエッセイに書いている。日常から離れ、乗り物に揺られることで、脳の回路が活性化するのだろう。しかし、せっかくアイディアが閃いても、荷物やつり革で手が塞がっていればメモもできないし、ひらめきは瞬時に消えてしまう。そこで、座席とテーブルが確保できるグリーン車が登場! というわけ。
この狙いは、恐ろしいほどに功を奏した。最初は、コーヒーを飲んだり、ぼおっと車窓を眺めていたのだが、急に思考が浮遊していき、小高い丘から街を俯瞰したかのように視界がクリアになった。やがて、まったく思いがけない原稿の構成がバババっと頭に浮かんだ。
きた! ひらめいた!
急いでアイディアをパソコンでメモする。そして車窓に富士山が見え、茅ヶ崎駅に着くころ、原稿の書き出しが決まった。予想を超えたスタートダッシュである。