未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
122

今も昔も女の子をときめかせる

美しき雛人形「桂雛」の世界

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.122 |25 September 2018
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#8女の子が初めて出会う美術品

 最近の雛人形産業では、現代的な顔立ちに少し微笑みを浮かべているようなものが人気なのだそうだ。
 でも小佐畑さんは「雛人形には本当は表情がないほうがいいのです」と教えてくれる。—人形は人の心を映し出す鏡である。人が嬉しい時は嬉しいように、人が寂しい時は寂しいように、いつも一緒にいてくれる、どんな気持ちにも合わせてくれる、そういう人形こそがいちばいいのだ、と。
 小佐畑人形店にいるお雛様たちは、たしかにみんなそんなお顔をしている。今日の私とくみちゃんは、美しいお雛様にたくさん出会えたことでちょっと高揚している。私たちのそんな華やいだ気持ちをゆったりと受け止めてくれるように、お雛様は佇んでいるように見えた。このお雛様たちは、こうして春までに、持ち主になってくれる人たち、あるいはその親が、自分たちを迎えに来てくれるのを静かに待っているのだろう。

 そして小佐畑さんは、こんな話もしてくれた。「赤い色は、赤ちゃんが初めて認識する色なのだそうです。赤ちゃん、という言葉はそこから出ていると言う説もあるそうですよ」だから雛人形に使う赤には、とりわけ気をつかっているのだ、小佐畑さんは続けていう。
 女の子が生まれてきて、その瞳に初めて映る美術品、それはもしかしたらお雛様なのかもしれない。それがずっといつまでも続くように、ただひたすら、本物の良い素材と技術を使って、雛人形をつくっていきたい、と小佐畑さんは考えている。

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未知の細道 No.122

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。