未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
122

今も昔も女の子をときめかせる

美しき雛人形「桂雛」の世界

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.122 |25 September 2018
この記事をはじめから読む

#5桂雛ができるまで

小佐畑さんによる「腕折り」

 小佐畑人形店では、雛人形制作のほとんど全ての工程を、小佐畑さん一人で手がけている。人形店には2人の若いスタッフがいて、小佐畑さんの作業を手伝っている。顔と髪だけは、京都などにいる専門の職人に作ってもらう。特に髪を結う作業を行う「結髪師」とよばれる職人は、現在も京都にしかいないという。

  • 「小佐畑人形店」には2人の若いスタッフがいて、小佐畑さんの作業を手伝っている。

 雛人形は一年をかけて制作する。まず3月から6月にかけては、針金と藁を素材にした「藁胴」とよばれる人形のボディを作る下仕事が始まる。7月から10月にかけては、いよいよ、着物の準備だ。京都など各地から取り寄せた美しい生地を裁断し、さらに生地に張りを持たせるために裏面に和紙を貼る作業、そして縫製などが続く。
 現代の雛人形の着物には、裏面全体に不織布を貼る方法が一般的だ。しかし小佐畑人形店では、地元の高級な和紙を生地に袋状に貼りつける、昔ながらの製法を続けている。これは非常に手間がかかる作業だ。だがこうすることで生地と和紙に隙間ができるため、防虫や除湿の効果があり、雛人形を美しく保つためには必要な作業なのだ。何世代先にも美しい姿のまま、持ち主のそばにいられるように、桂雛には見えないところにも、幾重にも工夫が施されているのである。

  • 「藁胴」のなかの藁も特別なものを取り寄せている。(左)生地に和紙を袋状に貼り付けた状態。糊付けと縫製にとても手間がかかる作業だ。(右)

 11月から1月までは、雛人形に仕上げを施す、一年で一番忙しい季節だ。人形に着物を着せる「着せ付け」や、「腕(かいな)折り」と呼ばれる人形に所作をつける作業、頭部の取り付けなどを行う。特に着せ付けや腕折りは、人形をより美しく見せるための最も大切な作業であり、これは小佐畑さんが全て行う。
 目の前で小佐畑さんに腕折りを実演してもらった。藁胴の中には太い針金が入っているため、腕折りは非常に力がいる作業だ。しかし小佐畑さんは、力を込め、迷いなく一気に人形に所作をつけていく。すると、まるで命を吹きこまれたように、人形の体に自然な動きが出てくるのだった。

 こうして10ヶ月以上をかけて丁寧に作られた雛人形は、年明けから3月にかけて、飛ぶように売れていく。そんな桂雛には、近隣だけでなく、全国にファンが多い。さまざまなお客さんが、遠くから、雛人形を選ぶために、この里山に一軒だけある人形店までやってくる。「お雛様を選びきれなくて、8年もかけてお店に通って買ってくださったお客様もいたんですよ」と小佐畑さんはにっこりして教えてくれた。
 私はそのお客さんの気持ちが、よくわかるような気がした。なぜなら取材をする私の横で、すでに、くみちゃんが「わあ、この子の着物もかわいい! あの人形の顔もきれい! あっちの着物の色合わせは、メイクにも活用できるかも!」などとずっと話していたからである……。女の子はいくつになっても、かわいいいもの、きれいなものを目にしたら、それを一つに絞ることは難しいのだ!

京都など各地から取り寄せた美しい生地でできた着物を、人間と同じように1枚ずつ着せていく。
このエントリーをはてなブックマークに追加


未知の細道 No.122

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。