小佐畑人形店では、雛人形制作のほとんど全ての工程を、小佐畑さん一人で手がけている。人形店には2人の若いスタッフがいて、小佐畑さんの作業を手伝っている。顔と髪だけは、京都などにいる専門の職人に作ってもらう。特に髪を結う作業を行う「結髪師」とよばれる職人は、現在も京都にしかいないという。
雛人形は一年をかけて制作する。まず3月から6月にかけては、針金と藁を素材にした「藁胴」とよばれる人形のボディを作る下仕事が始まる。7月から10月にかけては、いよいよ、着物の準備だ。京都など各地から取り寄せた美しい生地を裁断し、さらに生地に張りを持たせるために裏面に和紙を貼る作業、そして縫製などが続く。
現代の雛人形の着物には、裏面全体に不織布を貼る方法が一般的だ。しかし小佐畑人形店では、地元の高級な和紙を生地に袋状に貼りつける、昔ながらの製法を続けている。これは非常に手間がかかる作業だ。だがこうすることで生地と和紙に隙間ができるため、防虫や除湿の効果があり、雛人形を美しく保つためには必要な作業なのだ。何世代先にも美しい姿のまま、持ち主のそばにいられるように、桂雛には見えないところにも、幾重にも工夫が施されているのである。
11月から1月までは、雛人形に仕上げを施す、一年で一番忙しい季節だ。人形に着物を着せる「着せ付け」や、「腕(かいな)折り」と呼ばれる人形に所作をつける作業、頭部の取り付けなどを行う。特に着せ付けや腕折りは、人形をより美しく見せるための最も大切な作業であり、これは小佐畑さんが全て行う。
目の前で小佐畑さんに腕折りを実演してもらった。藁胴の中には太い針金が入っているため、腕折りは非常に力がいる作業だ。しかし小佐畑さんは、力を込め、迷いなく一気に人形に所作をつけていく。すると、まるで命を吹きこまれたように、人形の体に自然な動きが出てくるのだった。
こうして10ヶ月以上をかけて丁寧に作られた雛人形は、年明けから3月にかけて、飛ぶように売れていく。そんな桂雛には、近隣だけでなく、全国にファンが多い。さまざまなお客さんが、遠くから、雛人形を選ぶために、この里山に一軒だけある人形店までやってくる。「お雛様を選びきれなくて、8年もかけてお店に通って買ってくださったお客様もいたんですよ」と小佐畑さんはにっこりして教えてくれた。
私はそのお客さんの気持ちが、よくわかるような気がした。なぜなら取材をする私の横で、すでに、くみちゃんが「わあ、この子の着物もかわいい! あの人形の顔もきれい! あっちの着物の色合わせは、メイクにも活用できるかも!」などとずっと話していたからである……。女の子はいくつになっても、かわいいいもの、きれいなものを目にしたら、それを一つに絞ることは難しいのだ!
松本美枝子