未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
122

今も昔も女の子をときめかせる

美しき雛人形「桂雛」の世界

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.122 |25 September 2018
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#4修行時代から、店の切り替え

現代の暮らしにも合うように作られた「桂雛」

 さて、駿河雛に弟子入りした小佐畑さん、最初の一週間はずっと正座させられて、親方や他の職人さんたちの仕事を、ただただ見させられるだけだった。「職人は仕事を目で盗んで覚えろ、とよく言いますが、まずはそれで、やる気があるのかどうかを、見ていたみたいです」と笑う小佐畑さん。じっと動かずに作業を見るだけの一週間は大変だったけれど、残りの2年間はやってみたくて仕方がなかった雛人形作りを、どんどん習って覚えていくだけだったので、何も辛いことはなかったという。
 修行は楽しかったが、雛人形は時期ものの仕事なので、11月から1月の間は、問屋さんに納品するために、徹夜の制作が続いたそうだ。納品のシーズンがすぎれば、休みの日には、親方が釣りに連れて行ってくれることもあった。「仲の良いお兄ちゃんという感じです」という親方には、今でも年に一度は会いに行くという。

 2年間の修行を経て、地元に戻り、祖父や母と雛人形作りをすることになった。店に戻ってきた当時は祖父が他店への雛人形製作もやっていたのだが、14年前に小佐畑さんが店を継いでから、思い切って、店のスタイルを変えることにした。他店への雛人形製作をやめて店で売る雛人形だけを作ることにしたのだ。良い素材を使い、大量生産ではなく手間ひまをかけた、自分が目指す雛人形だけを作りたい——そんな思いからの決断だった。だがそれによって、直後は売り上げが大きく落ち込み、店の方針をめぐって母親とケンカすることもあったという。
 しかし、大量の注文をさばかなければいけない他店への雛人形製作をやめたことによって、次第に小佐畑さんは、自分が本当に作りたい雛人形の制作に集中できるようになっていった。小佐畑さんの雛人形は、所作と着物の美しさが際立っている。特に各地から取り寄せた生地の伝統的な文様や色合わせを研究し、そこに秘められた意味を、雛人形の姿に反映させているのだ。その造形美と世界感は、単なる節句品としてだけでなく、美しい美術品として、やがて幅広いファンに愛されていくようになるのである。

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未知の細道 No.122

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。