未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
76

寿町は「危険な街」なのか?

寿・黙示録

文= 志賀章人
写真= 志賀章人
未知の細道 No.76 |10 Octber 2016
この記事をはじめから読む

#4300円で定食が食べられる

寿町は物価が安い。自販機は50円からであり、定食もまた300円からである。

「さなぎの食堂」の日替わり定食はブリ大根で350円。ご飯、味噌汁、小鉢もついている。隣に座ったおっちゃんも同じメニューで、食べはじめたのも同時だったが、ぼくが半分も食べ終わらないうちに、実にうまそうに、味噌汁の残りをご飯にかけて平らげてしまった。

「食べるの速いっすね!」と思わず話しかけたのだが、「速いって言ったって○▼※△☆◎●!!」聞き取れない速さで食堂を出て行ってしまった。

それにしても、ボリュームが多い。どうして300円でやっていけるのだろうか。

店長さんにお話を聞かせていただくと、お米や食材を寄付してもらっているおかげだそう。ぼくが食べに来たのは迷惑だっただろうか、そう思ったが、そんなことはないとのこと。事実、旅人だけでなく、寿町で働くヘルパーなど、様々な人が「さなぎの食堂」にやってくる。

さなぎの食堂は「NPO法人さなぎ達」の取り組みのひとつである。理事長は近所にあるクリニックの院長で訪問診療もされていて、「医・衣・職・食・住・メンタル」のすべてをサポートしようというのが大枠であり、その「食」の部分を担っているのが「さなぎの食堂」なのである。

具体的には、どういうことなのか。

たとえば、毎週木曜日に路上生活者に声をかけてまわる。そこで「さなぎの食堂」で定食が食べられる無料券を配る。今はやっていないが、その無料券を持って食べに来た人には、下着やタオルの引換券を配り、それを持って「さなぎの家」にやってきた人には仕事や住居、医療などの相談に応じることもあるという。

こうした活動は13年前から続いているらしく、寿町の変化はこういった取り組みによるところも大きいのだろう。

店長さん自身は寿町にどんな変化を感じているのか。聞いてみると、やはり一番は「高齢化」だという。一人で出歩けない人も増えて、ヘルパーさんが代わりにごはんを買いに来たり、弁当も宅配が増えている。

「それでも」と店長さんは言う。

「地元の人からすると、これだけ変わっても寿町には近づきたくないと言う人が多い。それでも、話をしてみると、ぶっきらぼうなだけで気のいい人が多いと思う。それでも、知らない人を見かけると敵対心を持つ人もいる。誰にも関わりたくないという人もいる。そういう人は、どれだけ店が空いてても、壁に向かってさっと食べてさっと帰っていく。それでも、想像していたほど怖いと思うような人は少ない」と。

それでも、である。矛盾だらけ、である。人間も、街も、数字のようには割り切れない。「寿町は危険な街なのか?」その問いには、YESかNOでは割り切れないのである。答えを出そうとしていたことが間違いだったと気づかされる。

「自分もギャンブル依存症だったんです」

そう話してくれた店長さんは、少しもそんな風には見えない誠実で実直な方だった。

「ギャンブルに溺れていたなんて、世間一般の人には最低と言われてもおかしくないんですけど、ここの人たちはそんなの一切関係ないと言って接してくれて。見栄を張らなくていいという生き方ができるようになったのは、ここに来たおかげかな、とは思いますね。」

いい格好をしようと思わなくていい。うまく取り繕おうと思わなくていい。「自分らしく」という言葉が安売りされて久しいが、それを本当に貫いて生きていける人がどれだけいるのだろう。店長さんが真っ直ぐに話してくれた言葉は、自分の胸に問われた気がした。

このエントリーをはてなブックマークに追加


未知の細道 No.76

ライター 志賀章人(しがあきひと)

「え?」が「お!」になるのがコピーです。
コピーライターとして、核を書くことで、あなたの言葉にならない想いを言葉にします。
京都→香川→大阪→横浜で育ち、大学時代にバックパッカーとしてユーラシア大陸を横断。その後、「TRAVERINGプロジェクト」を立ち上げ、「手ぶらでインド」「スゴイ!が日常!小笠原」など旅を通して見つけたモノゴトを発信中。次なる旅は、夫婦で世界一周!シェアハウス暦8年の経験から、子育てをシェアする未来の暮らしも模索中。
伝えたいことを、伝えたいひとに、伝えられるようになる。そのために、仕事のコピーと、私事の旅を、今日も言葉にし続ける。
「新聞広告クリエーティブコンテスト」「宣伝会議賞」「販促会議賞」など受賞・ファイナリスト多数。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。