寿町は物価が安い。自販機は50円からであり、定食もまた300円からである。
「さなぎの食堂」の日替わり定食はブリ大根で350円。ご飯、味噌汁、小鉢もついている。隣に座ったおっちゃんも同じメニューで、食べはじめたのも同時だったが、ぼくが半分も食べ終わらないうちに、実にうまそうに、味噌汁の残りをご飯にかけて平らげてしまった。
「食べるの速いっすね!」と思わず話しかけたのだが、「速いって言ったって○▼※△☆◎●!!」聞き取れない速さで食堂を出て行ってしまった。
それにしても、ボリュームが多い。どうして300円でやっていけるのだろうか。
店長さんにお話を聞かせていただくと、お米や食材を寄付してもらっているおかげだそう。ぼくが食べに来たのは迷惑だっただろうか、そう思ったが、そんなことはないとのこと。事実、旅人だけでなく、寿町で働くヘルパーなど、様々な人が「さなぎの食堂」にやってくる。
さなぎの食堂は「NPO法人さなぎ達」の取り組みのひとつである。理事長は近所にあるクリニックの院長で訪問診療もされていて、「医・衣・職・食・住・メンタル」のすべてをサポートしようというのが大枠であり、その「食」の部分を担っているのが「さなぎの食堂」なのである。
具体的には、どういうことなのか。
たとえば、毎週木曜日に路上生活者に声をかけてまわる。そこで「さなぎの食堂」で定食が食べられる無料券を配る。今はやっていないが、その無料券を持って食べに来た人には、下着やタオルの引換券を配り、それを持って「さなぎの家」にやってきた人には仕事や住居、医療などの相談に応じることもあるという。
こうした活動は13年前から続いているらしく、寿町の変化はこういった取り組みによるところも大きいのだろう。
店長さん自身は寿町にどんな変化を感じているのか。聞いてみると、やはり一番は「高齢化」だという。一人で出歩けない人も増えて、ヘルパーさんが代わりにごはんを買いに来たり、弁当も宅配が増えている。
「それでも」と店長さんは言う。
「地元の人からすると、これだけ変わっても寿町には近づきたくないと言う人が多い。それでも、話をしてみると、ぶっきらぼうなだけで気のいい人が多いと思う。それでも、知らない人を見かけると敵対心を持つ人もいる。誰にも関わりたくないという人もいる。そういう人は、どれだけ店が空いてても、壁に向かってさっと食べてさっと帰っていく。それでも、想像していたほど怖いと思うような人は少ない」と。
それでも、である。矛盾だらけ、である。人間も、街も、数字のようには割り切れない。「寿町は危険な街なのか?」その問いには、YESかNOでは割り切れないのである。答えを出そうとしていたことが間違いだったと気づかされる。
「自分もギャンブル依存症だったんです」
そう話してくれた店長さんは、少しもそんな風には見えない誠実で実直な方だった。
「ギャンブルに溺れていたなんて、世間一般の人には最低と言われてもおかしくないんですけど、ここの人たちはそんなの一切関係ないと言って接してくれて。見栄を張らなくていいという生き方ができるようになったのは、ここに来たおかげかな、とは思いますね。」
いい格好をしようと思わなくていい。うまく取り繕おうと思わなくていい。「自分らしく」という言葉が安売りされて久しいが、それを本当に貫いて生きていける人がどれだけいるのだろう。店長さんが真っ直ぐに話してくれた言葉は、自分の胸に問われた気がした。
ライター 志賀章人(しがあきひと)