未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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「場所」をつくる建築とコーヒー 建築家のおいしい実験

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子  一部写真提供= さいとうさだむ
未知の細道 No.52 |10 October 2015
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#7「場をつくる」ということは

気軽に飲めるカップオンコーヒーだが、丁寧に入れるととてもおいしい。

さあ、今日の「まちのみかた」も終了が近づいてきた。最後にみんなでビルの屋上に上がってコーヒーを飲もう、ということになった。
ちょっとした出先やあるいは旅先で、気軽においしいコーヒーが飲めるようにと、クロニクル・コーヒーには、なんとカップオン・コーヒーまであるのだ。「まちのみかた」の締めくくりにはぴったりだ。加藤さんが丁寧に淹れてくれた7人分のコーヒーを持って、ビルの屋上へと上がる。
このビルの屋上は古河のパノラマが一望できる最高の場所である。高層建築が少ない古河の町は、3階建のビルからでも十分見渡すことができるのだ。
大通り、昔ながらの住宅地、遠くの工場、渡良瀬川に掛かる大きな橋、そして行き交う人々。街並みとは道路と建造物だけではない。人々の生活を形づくる全ての事象が連なって街を彩り、景観ができあがっていく。そんな古河の町が夕暮れに馴染んでいくのを、おいしいコーヒーを飲みながらみんなで見ていた。「いい眺めだなあ」とか言い合いながら。それはなんとも言えない、いい時間だった。

ところで「クロニクル」とは英語で「年代記」、あるいは動詞で「記録にとどめる」という意味である。「時間に関する」というギリシャ語の語源からきている言葉だ。
「時間の流れ、というものをコーヒーで感じられるようにと思ってさ、<クロニクル・コーヒー>という屋号にしたんだよ」と加藤さんは言う。
建築とコーヒー。長い時間をかけて残っていく建築と、ひとときの楽しみであるコーヒーには、一見、共通点は全くないように思える。
だが建築物とそれを育む街に歴史があるように、一杯のコーヒーができるまでのプロセスにも長い時間がある。なにより、おいしいコーヒーを飲むためには、ゆったりとした時間と、くつろげる場所が必要なのだ。
「だから建築もコーヒーも<場をつくる>ということでは、僕にとっては同じことなんだよ」と加藤さんはまた笑って、コーヒーを飲んだ。加藤さんにとってコーヒーと建築は、人と人をつなぐ場作りの実験なのだろう、と私は思った。この楽しくておいしい実験はまだまだ続きそうだ。


古河の町を見下ろしながら、コーヒーを飲む至福の時間。
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未知の細道 No.52

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。