「カフェの建築を手がけているうちに、建物だけじゃなくて、コーヒーのことまで調べるようになっちゃったんだよね」と加藤さんは笑って言う。もともとコーヒーも、そしてカフェに行くことも好きだったという加藤さん。そしてもっと好きなことは「調べものと観察!」と断言するほどの加藤さんである。設計にはその建物によって、そのつど特有の課題があるが、カフェの設計では、まず人の流れ、厨房の雰囲気を調べることから始まる。
いいカフェを設計するためには、まずはコーヒーのおいしさを知っておきたい、そこでおいしい淹れ方を調べているうちに、コーヒー豆の知識も欲しい……と、どんどん深入りしていくうちに、自分で焙煎するのが最もおいしくコーヒーを飲める方法だということに、加藤さんはたどり着く。コーヒーをおいしく飲むのに大切なことは、焙煎した豆の鮮度であることがよくわかったからだ。
ここから全くの独学による、加藤さんのコーヒー豆の焙煎が始まったのだ。カフェの設計の仕事はとっくに終わっていたけれど、加藤さんの実験は、もはや止まることはなかった。
「今日は松本さんに僕のコーヒー焙煎の手順を見せてあげます」と、加藤さんは敷地内にある焙煎所へと私を案内してくれた。加藤さんの焙煎は、まず豆を洗って揉むことから始まる。こうすると豆の薄皮がとれて、クリアな味になるのだ、と加藤さん。何回も実験と観察を重ねて、こうやって洗った豆で淹れたコーヒーは、時間が経っても濁らない、ということもわかった。しかし、これは大量の豆を扱うところでは決してできない手間のかかる作業であることは言うまでもない。
さていよいよ焙煎だ。焙煎機はペンキ缶を利用したお手製のもの、そしてその他のシステムも全て加藤さんの手作りだ。ちなみに普通のロースター(コーヒー豆を焙煎して販売する業者や店のこと)ではたいがい、既成の焙煎機を購入しているはずだ。
「買うこともできるけどさ、自分で設計できるものは自分で作る主義だからね! その方が絶対に面白いし」という加藤さん、このあたりはさすが建築家である。この空き缶焙煎機をカセットコンロにかけて焙煎するのだが、なんとこの焙煎機、加藤さんの腕が疲れないように、天井から吊られているのであった! こんな焙煎機、見たことない……。
焙煎室に豆が弾ける音といい匂いが漂ってきたら、そろそろ豆を蒸らす合図だ。豆の種類や飲み方によって、それぞれこの時間配分は細かく分かれている。そして焙煎後に丁寧に不要な豆を取り除いたら完成だ。この間およそ20分。思ったよりあっという間である。
さあ、そうやって今まさに焙煎したばかりの豆で、加藤さんにコーヒーを淹れてもらった。うーん、これはおいしい。とても深いコクだけど、本当に余計な雑味がなくて、パキッとした味のキレがある。ゆっくりと味わいたくなるコーヒーだ。
ここまで私は、さんざん「建築家が焙煎したコーヒー」とカッコ書きをしてきたけれど、知らない人がこれを飲んだら、誰もそんなことは思いもよらないだろう。そういう味だった。
松本美枝子