未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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「場所」をつくる建築とコーヒー 建築家のおいしい実験

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子  一部写真提供= さいとうさだむ
未知の細道 No.52 |10 October 2015
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#3観察と実験を重ねたコーヒー豆の焙煎

焙煎中の加藤さん。お手製の焙煎機は天井から吊り下げられている。
不要な豆を丁寧に取り除くことによって、おいしさが増す。

「カフェの建築を手がけているうちに、建物だけじゃなくて、コーヒーのことまで調べるようになっちゃったんだよね」と加藤さんは笑って言う。もともとコーヒーも、そしてカフェに行くことも好きだったという加藤さん。そしてもっと好きなことは「調べものと観察!」と断言するほどの加藤さんである。設計にはその建物によって、そのつど特有の課題があるが、カフェの設計では、まず人の流れ、厨房の雰囲気を調べることから始まる。
いいカフェを設計するためには、まずはコーヒーのおいしさを知っておきたい、そこでおいしい淹れ方を調べているうちに、コーヒー豆の知識も欲しい……と、どんどん深入りしていくうちに、自分で焙煎するのが最もおいしくコーヒーを飲める方法だということに、加藤さんはたどり着く。コーヒーをおいしく飲むのに大切なことは、焙煎した豆の鮮度であることがよくわかったからだ。
ここから全くの独学による、加藤さんのコーヒー豆の焙煎が始まったのだ。カフェの設計の仕事はとっくに終わっていたけれど、加藤さんの実験は、もはや止まることはなかった。

「今日は松本さんに僕のコーヒー焙煎の手順を見せてあげます」と、加藤さんは敷地内にある焙煎所へと私を案内してくれた。加藤さんの焙煎は、まず豆を洗って揉むことから始まる。こうすると豆の薄皮がとれて、クリアな味になるのだ、と加藤さん。何回も実験と観察を重ねて、こうやって洗った豆で淹れたコーヒーは、時間が経っても濁らない、ということもわかった。しかし、これは大量の豆を扱うところでは決してできない手間のかかる作業であることは言うまでもない。
さていよいよ焙煎だ。焙煎機はペンキ缶を利用したお手製のもの、そしてその他のシステムも全て加藤さんの手作りだ。ちなみに普通のロースター(コーヒー豆を焙煎して販売する業者や店のこと)ではたいがい、既成の焙煎機を購入しているはずだ。
「買うこともできるけどさ、自分で設計できるものは自分で作る主義だからね! その方が絶対に面白いし」という加藤さん、このあたりはさすが建築家である。この空き缶焙煎機をカセットコンロにかけて焙煎するのだが、なんとこの焙煎機、加藤さんの腕が疲れないように、天井から吊られているのであった! こんな焙煎機、見たことない……。
焙煎室に豆が弾ける音といい匂いが漂ってきたら、そろそろ豆を蒸らす合図だ。豆の種類や飲み方によって、それぞれこの時間配分は細かく分かれている。そして焙煎後に丁寧に不要な豆を取り除いたら完成だ。この間およそ20分。思ったよりあっという間である。

さあ、そうやって今まさに焙煎したばかりの豆で、加藤さんにコーヒーを淹れてもらった。うーん、これはおいしい。とても深いコクだけど、本当に余計な雑味がなくて、パキッとした味のキレがある。ゆっくりと味わいたくなるコーヒーだ。
ここまで私は、さんざん「建築家が焙煎したコーヒー」とカッコ書きをしてきたけれど、知らない人がこれを飲んだら、誰もそんなことは思いもよらないだろう。そういう味だった。


煎りたての豆による淹れたてのコーヒーの味は最高だ。
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未知の細道 No.52

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
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