そんなふうにしてあっという間に町歩きタイムが過ぎていった。続いては写真をプロジェクションしながら、お互いが町の中で気づいたことを語り合う時間だ。今日のその会場は関根さんのお宅なのだ。関根さん夫妻は古河駅から歩いてすぐの古い3階建ビルの最上階に住んでいる。何してもいいよ、という大家さんのおかげで、全面的DIYがなされた関根邸は、まるで60年代のアメリカのマンションのような、なんとも雰囲気のある空間になっている。ある意味、ここが古河の隠れスポットとも言えるかもしれない。
実は関根さん、建築には一家言ある方で、なんと建築好きが高じて、10年前に建築家・黒川紀章の名作『中銀カプセルタワービル』の一室を買ってしまったのだという! 以来、平日は古河のこのビルに住み、週末は中銀カプセルの自室で過ごすという生活を送っている。
そして、この話にはさらに面白い続きがある。ある日突然、加藤さんの事務所に、この中銀の合鍵が送られてきた。「カトちゃん、平日は使ってないからさ、建築事務所の分室として自由に使ってよ」というメッセージとともに。そんなわけで、加藤さんはいきなり銀座に分室を持つ身となったのであった。東京で「まちのみかた」を開催するときは、この中銀カプセルタワービルで行うことも多いのだという。
所員であり、中銀分室長でもある羽部さんが、古河で「まちのみかた」をするのはしばらくぶりなのだ、と教えてくれた。「久々に古河の街並みを観察すると、以前からある建物が変わらずに残っているのが確認できて、ああ、よかったあ! って。やっぱり古河はいいなあ、と改めて思いました」と羽部さんは微笑んだ。
町を歩くと、誰もが思わず撮ってきてしまう景観もあれば、一人一人の視点が際立つ写真も多々ある。ワークショップは和やかに、時には爆笑もおこりながら進んでいく。
「<まちのみかた>が終わるとね、<アフターまちのみかた>っていうのがあるんだよ」と加藤さんが言いだした。え、これからまだワークショップの続きがあるんですか? と私が問うと「違う違う! そうじゃなくてさ」と加藤さんが続けた。
その日、自分が気づかなかった誰かの「まちのみかた」を体験したくなって、ワークショップ終了後にその場所へと寄ってしまうこと。それが「アフターまちのみかた」現象なのだ、と加藤さんが笑って言った。たとえば、誰かがこの通りにおいしいお饅頭屋さんがあったんだよ、などという写真を見せると、ワークショップ解散後に期せずして参加者がその店へ大挙してしまう……そんなことがよくあるのだそうだ。
それはなんとすてきな現象だろう。同じ町でも参加した人の数だけ、それぞれの「まちのみかた」がある。一人一人の中で、その町に対する気づきや「好きな場所」に広がりが生まれる。あるいは、いつかその場所やその建物がなくなってしまったとしても、記憶の中に留めておくことができる。それをみんなで共有できるのが、このワークショップの面白さなのだ。ワークショップが進むにつれ、私はだんだん、そのことに気づいてきた。
そして、たとえ観光名所がない街であっても「まちのみかた」を行うことは、というかその街の面白さを再発見し、愛することは可能だろう。加藤さんの「まちのみかた」は、それをみんなに気づかせる、そういうワークショップなのだ。
松本美枝子