未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
52

「場所」をつくる建築とコーヒー 建築家のおいしい実験

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子  一部写真提供= さいとうさだむ
未知の細道 No.52 |10 October 2015
この記事をはじめから読む

#6まちのみかた(後編)

「まちのみかた」では必ずプロジェクターとスクリーンを持ち歩いている加藤さん。大画面でみると楽しさも増す。

そんなふうにしてあっという間に町歩きタイムが過ぎていった。続いては写真をプロジェクションしながら、お互いが町の中で気づいたことを語り合う時間だ。今日のその会場は関根さんのお宅なのだ。関根さん夫妻は古河駅から歩いてすぐの古い3階建ビルの最上階に住んでいる。何してもいいよ、という大家さんのおかげで、全面的DIYがなされた関根邸は、まるで60年代のアメリカのマンションのような、なんとも雰囲気のある空間になっている。ある意味、ここが古河の隠れスポットとも言えるかもしれない。

実は関根さん、建築には一家言ある方で、なんと建築好きが高じて、10年前に建築家・黒川紀章の名作『中銀カプセルタワービル』の一室を買ってしまったのだという! 以来、平日は古河のこのビルに住み、週末は中銀カプセルの自室で過ごすという生活を送っている。
そして、この話にはさらに面白い続きがある。ある日突然、加藤さんの事務所に、この中銀の合鍵が送られてきた。「カトちゃん、平日は使ってないからさ、建築事務所の分室として自由に使ってよ」というメッセージとともに。そんなわけで、加藤さんはいきなり銀座に分室を持つ身となったのであった。東京で「まちのみかた」を開催するときは、この中銀カプセルタワービルで行うことも多いのだという。

所員であり、中銀分室長でもある羽部さんが、古河で「まちのみかた」をするのはしばらくぶりなのだ、と教えてくれた。「久々に古河の街並みを観察すると、以前からある建物が変わらずに残っているのが確認できて、ああ、よかったあ! って。やっぱり古河はいいなあ、と改めて思いました」と羽部さんは微笑んだ。
町を歩くと、誰もが思わず撮ってきてしまう景観もあれば、一人一人の視点が際立つ写真も多々ある。ワークショップは和やかに、時には爆笑もおこりながら進んでいく。
「<まちのみかた>が終わるとね、<アフターまちのみかた>っていうのがあるんだよ」と加藤さんが言いだした。え、これからまだワークショップの続きがあるんですか? と私が問うと「違う違う! そうじゃなくてさ」と加藤さんが続けた。
その日、自分が気づかなかった誰かの「まちのみかた」を体験したくなって、ワークショップ終了後にその場所へと寄ってしまうこと。それが「アフターまちのみかた」現象なのだ、と加藤さんが笑って言った。たとえば、誰かがこの通りにおいしいお饅頭屋さんがあったんだよ、などという写真を見せると、ワークショップ解散後に期せずして参加者がその店へ大挙してしまう……そんなことがよくあるのだそうだ。

それはなんとすてきな現象だろう。同じ町でも参加した人の数だけ、それぞれの「まちのみかた」がある。一人一人の中で、その町に対する気づきや「好きな場所」に広がりが生まれる。あるいは、いつかその場所やその建物がなくなってしまったとしても、記憶の中に留めておくことができる。それをみんなで共有できるのが、このワークショップの面白さなのだ。ワークショップが進むにつれ、私はだんだん、そのことに気づいてきた。
そして、たとえ観光名所がない街であっても「まちのみかた」を行うことは、というかその街の面白さを再発見し、愛することは可能だろう。加藤さんの「まちのみかた」は、それをみんなに気づかせる、そういうワークショップなのだ。


写真を見ながら、街並みや建築についての加藤さんのレクチャーが入ることしばしば。
このエントリーをはてなブックマークに追加


未知の細道 No.52

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。