店内に足を踏み入れると、目に飛び込んできたのは入口正面にあるガラス張りの厨房だった。忙しそうに働くスタッフの頭上には、プレーン・塩レモン・カレー・チーズ・BBQ・ワサビ・柚子胡椒・ブラック・キムチ・ピンク・激辛と11種類のげそ天メニューが並ぶ。
山形で生まれ、進学で上京するまで山形で暮らした私は、これまでの人生でげそ天を100回ぐらいは食べているだろう。しかし、カレーげそ天だの、BBQげそ天だの、キムチげそ天にはとんと馴染みがない。そもそも、蕎麦のトッピング、食卓が寂しいときの晩御飯のお惣菜としてのプレーンなげそ天しか知らないのだ。
24年前に勢いでイタリアに乗り込み、い着いたものの、未知なる味に対してはやや保守的な自覚がある。
悩みに悩んだ結果、基本として外せないプレーンと一番人気の塩レモン、それから、撮影映えしそうなブラックとピンクを注文した。
店員さんが「どうぞ」と勧めてくれたお茶を片手に、待ち時間に店内を見て回る。店の奥の壁を厨房と二分する鮮魚コーナーに、山形の郷土料理などが揃う「お惣菜」コーナー。いわゆる「スーパーの食品棚」は店内の中央には無く、左側の壁一面のみ。他のアイテムは、視界を遮らない平積みの台に並べられている。
平日の11時過ぎということで、イートイン・スペースはがらがらだった。レトロ感のある木のテーブルに、ひっくり返した清酒ケースの上にトマトの箱を乗っけた椅子。夏祭りの屋台のように思えてテンションがあがったところで、注文したげそ天と筋子おにぎりが運ばれてきた。
まずは基本のプレーンを口に入れる。衣の外壁をサクッと歯が突き抜け、やわやわのトンネルを潜ってイカとご対面する。次は塩レモン。スッキリしたレモンとほのかなコショウ味をまとった衣は、げそ天の油っぽさをまったく感じさせない。舌の酸味を感じる部分が、「うんめえず!(山形弁でおいしい)」と喜んでいるのがわかる。
定番と一番人気を食べた後は、変わり衣にチャレンジだ。ピンクというより真紅のげそ天は、げその存在感に決して負けることなく、素材である紅しょうががサクサクの衣のなかでしっかりと自己主張している。紅しょうがって小結のイメージだけど、イカとがっちり四つに組むと、三階級昇格して横綱級のパワーを感じさせる。ブラックの衣に入っているのは、イカスミ・チーズ・ブラックペッパー・トリュフ塩。鼻を近づけるとふんわりとチーズの香りがする。サクっと口に含むとほのかに磯の味がしたと思ったら、口内が徐々にイカスミの香りとイカの味に支配される。
どれもおいしい、甲乙つけがたい。そして、全種類制覇したくなる。SNS上のキャッチフレーズ「たぶん日本一のげそ天です。」は伊達じゃない!
さらに筋子おにぎり、これがまたすごかった。
イタリアの魚売り場では筋子を見かけない。誘惑に抗えず注文したおにぎりに、「久しぶり、筋子ちゃん!」とパクっとかぶりつくと、もったりと口の中にくっつくような食感と海の味。プリン体なんて気にしてられない!
おにぎりの天井から顔を出す筋子を一気に食べきって祭りが終わったと思いきや、え?えええ?と衝撃が走る。なんと、おにぎりの底の方にもまた筋子が登場したのだ。もはやこれは筋子バーガー。あぁ、最後の一口まで筋子だ。
取材に同行した母とげそ天とおにぎりを完食した12時15分。6卓あったイートインスペースは満席になっていた。