カウンターのなかでは、黒い防水エプロンを身につけた遠藤さんが、ショーケースに入れる魚をさばいている。慣れた手つきを目にし「調理師学校で学ばれたんですか」と問いかけると、意外な答えが返ってきた。
「魚の扱い方をきちんと学んだことはないんですよ。魚は長年うちの母が担当していたのですが、母が入院してしまったときがあって。市場には毎日仕入れに行くし、お店には魚を買いたい、さばいてほしいというお客さんが来る。魚をさばこうとする人が自分しかいなかったんですよ。当然最初はまったくさばけませんよね。当時は丁寧に行程を教えてくれるYouTubeの解説動画もなかったし。市場でさばき方を聞いて、見よう見まねで数をこなして覚えました」
「魚初心者」遠藤さんが魚の世界に魅せられたのは2014年10月、34歳の時。NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』で取り上げられていた、東京・根津にある鮮魚店「根津松本」の松本秀樹さんを見たときだ。
「この魚屋さん、すごい! 行ってみたい」
思い立ったらじっとしていられない。「根津松本」に山形からアポなしで飛び込み、「魚について教えてください」と頼み込んだ。熱意が伝わったのだろう。突然やってきた見ず知らずの男に、店主の松本秀樹さんは魚の選び方や仕込み方を教えてくれただけではなく、築地の仲卸さんを紹介してくれた。
こうして「エンドー」の鮮魚コーナーには、英則さんが築地で仕入れた、山形の近隣スーパーでは手に入らない品質の良い魚が並ぶようになった。冒頭で頬張ったおにぎりに入っている筋子もそのひとつ。英則さんが厳選した北欧産のトラウトサーモンから採れたものだ。
鮮魚を取り扱っていると、いつも同じ部分が余ってしまうことがある。イカでいうとげそがそうだ。スルメイカを刺身にしたあとに残ったげそは、お店で出すお惣菜の煮物ぐらいにしか使わない。冷凍庫の一角はげそで溢れ、「これ、なんとかなんねが(なんとかならないのか)!」と家族にいつも言われた。
「エンドー」のような小規模小売店では、ロスは売り上げに直結する。どう調理したらロスが少なくて済むか。ロスになるものを他の商品に転換できないか。
これまでも、夏場には蕎麦やそうめんのお供にと「げそ天揚げてくれ」と頼まれることはあり、店内の厨房で揚げてはいた。昔から当たり前にやっていることで、特別感はない。
ただ、6-7年やっていくなかで「簡単にできるもので話題になるもの」を考え続けていたときに、ふと「げそ天っていけるかも」と閃いた。素材には自信があるし、揚げる設備もある。おいしい商品さえできれば、売れるんじゃないか。
こうして、素材は日本海産のスルメイカのげそ、揚げるのは無添加のこめ油、鮮魚を扱い、勉強するなかで得た「柔らかくなる一工夫」を施した「エンドー」のげそ天が生まれた。
「げそ天、お好きだったんですか」と問いかけてみたところ、英則さんは目を細めた。
「特に好きだったわけじゃないですよ(笑)。経営者の目線、売れるか売れないかという視点で考えていきついたんです」