加工品の販売が順調だったこともあり、その時はスタッフも4名に増えていた。放牧を再開したことで、売り上げの伸びも期待できた。これまでの道のりを考えればひと息ついてもいいところだが、山川さんはアクセルを踏み込む。
乳牛としての役割を終えた経産牛は、食肉用として出荷される。しかし、ジャージー牛はもともと赤みの多い肉質で、そのうえ放牧されてよく動き回っているため脂肪が少ない。日本では脂身が評価されるため、二束三文の値しかつなかった。そこにもどかしさを感じていた山川さんは、業者から森林ノ牧場の牛の肉を買い戻し、「いのちのミートソース」として売り出した。
さらに2015年、那須で那須塩原バター普及研究会が結成されたのを機に、バターづくりに挑戦。新たな機械を導入し、2年間の試作を経て、2017年より本格的に製造を始めた。
バターを作る際、山川さんが特に意識したのは副産物のスキムミルク(無脂肪乳)の活用だ。バターは生乳を遠心分離機にかけて取り出した脂肪分で作る。バターになるのは生乳の5%程度で、95%はスキムミルクになる。バターの製造を優先するとスキムミルクが余ってしまうため、「スキムミルクを原料にした商品を開発して、その商品で使うスキムミルクの量を基準にバターを作ろう」と考えた。
2017年に製品化したのは、スキムミルクを発酵させた乳酸菌飲料「キスミル」。しかし、液体で重いうえに要冷蔵で賞味期限が早く、お土産に向かない、配送料が高いなどの課題があった。翌年、この課題をすべて解決するスキムミルクを使ったお菓子が誕生する。
「2012年に那須朝市を始めた仲間たちと、2014年にチャウスという店を作りました。僕はそこで加工品販売のバイヤーをしていて、チャウス代表の宮本(吾一さん)と農家の課題解決や地域の循環につながるような商品開発をしたいねと話していたんです。それでまずはスキムミルクを使うことになり、観光客にお土産として買ってもらえる、常温で保存できるお菓子を作ってほしいと、知り合いのパティシエにお願いしました」
完成したのは、無脂肪乳からミルクジャムをゴーフル(ワッフル生地)でサンドした「バターのいとこ」。2018年4月、東京・青山の国連大学前の広場で開催されたコーヒーイベントに出展すると、誰も予想しないほどの行列ができた。それから「バターのいとこ」はあっという間に人気商品に。
作っても作っても売れる状態になり、2019年には牛乳が足りなくなってしまった。そこで山川さんは、牧場の新設を決める。那須の牧場を拡張するという案もあったが、頭のなかにあったのは、「使われていない土地を牧場として活用することで土地の価値を高めて、コミュニティを作る」というアミタ時代からのテーマ。足利銀行の支店長に栃木県南部の益子にあった耕作放棄地を紹介してもらい、5000万円の投資を受けて、2021年12月、第2牧場を開く。