売り上げが8割も落ちたコロナ禍は、森林ノ牧場の転機になった。生乳や加工品を企業に卸すことで業績を伸ばしてきたが、山川さんはもうひとつ事業の核を作るため、コロナ禍にソフトクリームスタンドとカフェをオープンした。
ソフトクリームスタンドは、自然と人の共生を掲げる施設「GOOD NEWS」内、カフェはJR黒磯駅のそばにある「那須塩原市図書館 みるる」のなか。この2カ所を選んだのは、理由がある。
「僕は、牛乳を売るなっていつも思っていて。その牛乳からシーンを作ることを意識しています。ソフトクリームなら、どういう環境で食べたいか、ソフトクリームを食べることでどんな思い出を作るかということです。ほかにもいろいろ出店の誘いがあるんですけど、ソフトクリームが旅の思い出や日常の風景になることをイメージできるかどうかで決めています」
牛乳を使わない商品も拡充。経産牛のお肉と福島県白河市のブランド豚、白河高原清流豚を合わせたハンバーグや、経産牛のお肉を活用した「いとしいカレー」を開発した。バターの委託製造も始めている。
「バターの委託製造を積極的に受けることで、その酪農家さんはバターを自分で売ることができますよね。スキムミルクはうちが買い取って、バターのいとこにする。そうやって自分たちもなにかやってみたいという酪農家さんの思いを形にすることで、仲間を増やしたいんです」
2011年4月、山川さんがたったひとりで受け継いだ森林ノ牧場の売り上げは今、2億円に達する。スタッフも、25名まで増えた。
起業当時は、「1カ月後、どうしてるんだろうな」と不安に思っていたそうだ。それが今では、5年先、10年先を見据えて、「なにをすべきか」を考えるようになったという。
なにをすべきですか? という僕の質問に、山川さんはグッと目に力を込めた。
「那須や益子のように、使われていない土地で小さな牧場をあちこちに作れれば、スタッフがそこで暮らすようになり、お客さんが来てくれて、人が集まる場所になります。そして、乳製品は食卓で人と人とを繋げてくれます。岩手で実感したように、自然や人との距離が近いほど田舎の暮らしは豊かになるという信念があるので、酪農を起点としたコミュニティを地方にたくさん作りたいですね」
日本では、農家の高齢化により耕作放棄地が爆発的に増えている。また、木材価格の低下や地主の高齢化により、手入れされず荒れたままの山林も多い。もしそこが、牛たちが伸び伸びと暮らす放牧場になったら……。そこから生まれたクリーミーな牛乳やソフトクリーム、チーズやバターが地域を潤したら……。想像するだけで、なんだかいい気分になった。
山川さんは、その未来を見据えている。