岩壁にこびりついたミネラルを顔面に塗りつけて美白効果を高めようとする私に、メンバーの中でも特に歴史に精通した佐藤さんが、この野天風呂の開湯に纏わる話について聞かせてくれた。
梶山元湯は江戸時代に発見されたと推測される。当時の根知の人々はここを湯治場にすべく、1755年(宝暦5年)に街場で宣伝する許可を糸魚川藩に申請したと記録されている。当時はどのような温泉だったか定かではなく、現在の洞窟は明治時代以降に当時の持ち主が掘ったと言い伝えられてきた。しかし温度が低く湯量も少なく、また「梶山新湯」なる新たな温泉が掘り当てられたことにより、人々は新湯を好むようになった。そこは日本百名山のひとつである雨飾山への登山口に位置することから「雨飾温泉」と呼ばれるようになり、登山者向けの山荘が建てられた。
一方の梶山元湯にわざわざ通う人はいなくなり、麓にある集落に湯を送って温泉地を開く試みなどがなされたが、うまく行かなかった。さらに1970年代に発生した地滑りによって行き来できなくなると、この秘湯は人々の記憶から消えていった。
今から4年前、山中に眠る秘湯が根知未来会議で話題に上がった。根知で生まれ育った高齢者のなかには、梶山元湯から湯を引いた「世界一温泉」なる温浴施設がかつて存在したことを記憶にとどめている人がいた。そこでメンバーたちで源泉を探しに出かけてみると、洞窟は荒れ果てていたが、昔と変わらず温泉は湧いていた。
「これぞ『秘湯の中の秘湯』。このユニークな温泉体験を人々に楽しんでもらおう」
洞窟内を大清掃し、安全な登山ができるよう新たなルートを開拓し、必要な箇所にはザイルを架けた。そうして梶山元湯は復興すると、すぐに「ものすごい野天風呂があるぞ!」と温泉マニアのあいだで噂が立った。
「温泉開き」メンバーのなかには、糸魚川にUターンしたばかりという五十嵐さんがいた。今後体験ツアーにガイドとして加わる予定のようだ。今回初めて梶山元湯を訪れたという彼は、ひと通り入浴すると洞窟の奥にこもり、しばらくして外に出るや否や沢に飛び込み、そしてひとり静かにととのった。洞穴に充満するミネラルたっぷりの蒸気と伏流水の水風呂、さらに北アルプスを眺めながらの外気浴という、日本中のサウナーが羨むであろう、極上のシチュエーション。考えてみれば、それはこの温泉でしか起こり得ない、自然現象が織りなした奇跡だ。
もしもこれほど脆い地形でなければ、源泉が山肌に噴出することはなかっただろうし、機械に頼らず30メートル近い横穴を掘ることは不可能だったはず。地すべりの危険がなければ、とうの昔に登山道が整備され湯治場として発展していたかもしれない。つまり「フォッサマグナ」という大地の裂け目の上だったからこそ、梶山元湯は誕生し、時を経て、秘湯の中の秘湯になったと考えるのが自然だろう。
私は地球の歴史に思いを馳せながら、洞窟の奥へ潜った。