気を取り直し、そびえ立つ北アルプスに向けて車を走らせる。全国有数のローカル路線として知られるJR大糸線の線路を越え、しばらく進むと、道路上に赤く太い線が引かれているのに気づき、思わず車を止めた。どう見ても停止線や横断歩道ではない。線の延長上には酒蔵がある。そこは米の栽培から酒造りを一貫して行う酒造店なのだが、ユニークなのは、敷地が冒頭に記した大断層線「糸魚川静岡構造線」によって分断され、ふたつの地層からは水質の異なる水が湧いているということだった。試しに両方の水を飲んでみると、確かにまったく違う味がした。
酒蔵をあとにした私は、露頭する断層を見物にフォッサマグナパークへと……じゃなかった。危うく本来の目的を忘れかけていた私であったが、この地を訪れたのは、地球の歴史に思いを巡らせるためではない。「秘湯の中の秘湯」と噂される温泉に入浴するためにやって来たのだ。その名は「梶山元湯」。とはいえ、名前を聞いただけでピンとくる人は、果たしてどのくらいいるのか。というのもこの温泉、一度は忘れ去られ、復興こそしたものの、誰もが気軽に入浴できるわけではないからだ。
根知川沿いに広がる集落の公民館に到着すると、地元の男性たちが私を待っていた。彼らは「根知未来会議」という、地域おこしを目的とした団体のメンバーだ。私たちは簡単なあいさつを交わすと早速車に乗り、頸城駒ケ岳という山へ向かった。