磯部さんには、理想のジェラート屋さんがある。初めてイタリアに行った時にたまたま立ち寄った、オーストリアとの国境の山の中にある小さな商店だ。そこはパンや飲み物、お菓子なども売っていて、片隅にジェラートのショーケースが置かれていた。
季節は真冬で、お客さんはほかにいなかった。磯部さんは、店頭に立っていたおじいさんにチョコレートのジェラートを注文した。そのおじいさんは、ゆったりとした動作でコーンにジェラートを盛りつけた。そのジェラートを食べた瞬間、磯部さんは目を見開いた。
「もうやたらおいしくて なんだこれって。それまで食べたことないような味で、なんでそんなにおいしいのか、理解できませんでした」
今では、店の名前も、どこにあるのかもおぼえていない。でも、磯部さんの目と舌には、おじいさんの姿とジェラートの味が焼き付いている。
「ぼくが目指す最終形態は、ああいう感じかなと思っています。年をとってもジェラートを細々と続けて、ゆっくりやれればいいかなぁ」
ひと通りの話を聞いた後、ピスタチオ、マンゴー、プラムのトリプルを注文した。どれも、最初の一口は夏の日差しにとろけるように濃密で、それなのに後味は雲一つない青空のように爽やかで、「なんだこれ!?」と脳内がスパークした。僕はジェラートの素人だし、グルメにも詳しくないけど、もしかしたら磯部さんはシチリアのイベントに最後に参加した2019年からの3年間で、イタリア人を驚愕させるレベルに進化したのでは? と感じた。
そして、思った。夏休み中ということもあってか、クアットロパンキーネには子どもがたくさん来ていた。磯部さんがイタリアのおじいさんに憧れたように、磯部さんのジェラートを食べて、ジェラティエーレを夢見る子どもがいるんだろうな。