こういったすべてが最終的には「めぐる」という新たな漆器ブランドに結集した。
2015年にデビューしたのは、「水平」と「日月」という三つ組のお椀シリーズ。三つ組は、それぞれ飯椀・汁椀・菜盛り椀として使うことができ、日本人の食生活の基本である一汁一菜がこの3つで完結する。もちろん親子3人で使うことなどもできる。
フォルムといい、色といい、なんとも美しい。その一方で、職人さんの賃金や材料に適正な価格を払って作られるため、決して安くない小売価格となった。それを見て、周りの漆器業者からは「いまさら本物の漆器を作っても売れるわけがない」「高い漆器は売れない」という声もあがった。しかし、当時の貝沼さんのなかには、ただワクワクした気持ちが溢れていたという。
実際のところ、発売当初の売れ行きはどのようなものだったのだろう?
売り出すやいなやブレイク! と言いたいところだが、現実は厳しかったらしい。最初の数年は、なかなか認知もされず、売り上げも伸びなかった。
「ほんとにもう来月の資金繰りはどうしよう、破産するかも! という時期もありました。特に最初の3年は本当に厳しかったですね」
問題は、売り上げだけではなかった。当時は不定期な受注でオーダーを受けていたのだが、タイミングによっては木地の材料となる良質なトチノキがなかなか手に入らないこともあった。また、まとまった数にならないと職人さんの作業時間を確保してもらうのは簡単ではない。美しいサンプルはでき上がったものの、注文から納品までの舵取りは難しいものになった。
しかし、ある日、そんな様々な問題を解決する糸口を掴んだ。それが、現在「めぐる」を語る上で欠かせない“とつきとおか“というコンセプトである。それは、別の言い方をすれば、お椀が生まれるまでのマタニティタイムだ。