栗田さんは18年前から楓の植林をはじめた。今年も予定どおり苗木を植えれば、合計500本を植林することになる。面積にして1ヘクタールほど。それは少しでも、山からのいただきものに対する感謝と罪滅ぼしをしたいから。人工林を増やそうと躍起になっていた若かりしころ、「ここに杉を植えればよく育つはず」と広葉樹を見つけては切り倒していたのが、いつしか木を切ることをやめ、楓林が点在する100年先の山の姿を夢見るようになったのだ。
「山に入って樹液をいただくこと。自然への感謝、畏怖、または懺悔。そのすべてが、山と生きる人間の証であり、実感なんです」
家に帰ってから、栗田さんの楓糖をコーヒーに入れて味わってみた。ただ単純に甘いだけではなく、山に存在する生命のすべてを詰め合わせような、奥行きのある風味がゆっくりと口を刺激する。1年のわずかな時期にだけ収穫できる、貴重な自然の恵み。その背景で紡がれる山と樹液師との物語を垣間見ただけに、柔らかな甘味は、より深く私の心の隅々に広がっていった。