同じころ、とあるシンポジウムで森林づくりの活動に関わる内山節という人物と話をした。東京と群馬の二重生活を続けながら自然哲学や存在論などにおいて独自の思想を展開する在野の哲学者である内山氏は栗田さんに問いかけた。「楓糖でコーヒーが飲めたらいいねえ」。
当時は楓糖のこともメープルシロップの存在も知らなかった。「え?」とびっくりして、それからいろいろと調べてみた。カナダでは、国旗にもあしらわれていてサトウカエデという樹木があって、その樹液を採取し煮詰めて食用にしている。それがいわゆるメープルシロップ。収穫期間は冬の終わりから春にかけての、ごくわずかな時期。
一方で日本には同種の木は生育していない。そのかわり、イタヤカエデというほぼ同属の樹木が北海道から九州にかけて自生している。カナダのサトウカエデのように真っ赤に紅葉するのではなく、真っ黄色に紅葉する楓。イタヤカエデからもしょ糖を含む樹液が取れるとわかった。
とはいえ、どのようにして採取すればよいのか、さっぱりわからない。カナダの収穫時期を参考に、3月ごろに山に入ってみた。天然ゴムの原料になるラテックスや漆の木をイメージして、幹を引っ掻いみた。けれどもにじみ出る樹液をうまく集めることができない。
どうにか液体を一点に集めるように工夫して、一升瓶をぶら下げた。翌日同じ木のところに行ってみると1リットルくらい貯まっていた。またあくる日に行ってみると、今度は1滴も出ていない。1週間おいてみてもやはりだめ。「これは面白いな」。つかみどころのない楓の木を前に、栗田さんは胸おどった。