未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
207

山形の最奥で「楓糖」を作る メープルサップに情熱を注ぐ樹液師のはなし

文= Numa
写真= Numa
未知の細道 No.207 |11 April 2022
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#6樹液師という生業。

イタヤカエデが樹液を出すのは1週間から10日程度というわずかな期間のみ。木の幹に直径3センチメートルほどの穴をあけると、1秒間に2滴くらいのペースで樹液が滴り、やがて1秒に1滴程度に落ち着く。雪が消えはじめる3月末ごろには木は芽をふくらませ始め、するとピタリと止まる。

栗田さんは2日に1回、穴を開けた楓を回って樹液を集める。ちなみにこの日は8本の木を回って17リットルほどの樹液を回収することができた。労力を考えれば、やや少ない量にも思える。

「はじめの2昼夜で5リットルくらい、次の2昼夜で3リットルほどと、回を追うごとに採取できる量は減っていく。4回か5回行くころにはほぼ出なくなります。個体差はありますが、1本の木から20リットルの樹液を毎年『いただいて』いるんです」

楓が樹液を出す3月ごろとは、雪崩が起きはじめる時期とピタリと重なる。沢沿いを歩くと、まだ雪深いにもかかわらず、雪が剥がれて土が露出し、その下方に雪が積み重なった箇所がいくつもあった。

栗田さんは15リットルと20リットルのポリタンクを背負って山を歩き回る。満タンになれば37kgほどの荷物を背負って雪山を行き来することになる。相当な重量だ。自分で作ったかんじきとストックを身につけ、獣と遭遇しないよう笛を吹く。赤いジャンパーを着るのは、万が一に遭難したときに、見つけてもらいやすくするため。息子さんから何度も「いい歳なんだからもう山に行くな」と忠告されている。

「山の民には、命がけで獣と向き合う『猟師』や、ろくろを使って広葉樹の木から木工品を作る『木地師』がいます。私が必死に楓の樹液を集めるのは、彼らの行為に近い。雪崩や滑落、獣との遭遇といった危険もそうだけれど、命ある自然を略奪することに対する畏れが、常に頭から離れない。『樹液をいただく』と言えば聞こえはいいけれど、木が私に「あげるよ」なんて言っていないわけで。祟りを受けるかもしれないという怖さや、安全を祈りたい気持ち、収穫に対する感謝。そうした精神性を突き詰めると、『樹液師』という言葉が思い浮かんでくるんです」

イタヤカエデの幹に穴を開け、ホースとポリタンクを取り付ける。利用を終えた穴は切り口を清潔にしておけば2年ほどで自然治癒する。
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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
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