未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
204

スーパー公務員が行く! おもてなしに秘められた、まちづくりへの情熱

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.204 |25 February 2022
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#7一張一弛

偕楽園で深谷晃一さんのガイドが始まった!

さてガイドの後半。日本三名園の一つ「偕楽園」にバスで移動する。この偕楽園のガイドは深谷さんが行う。偕楽園は幕末の名君・徳川斉昭公がつくった。読んで字のごとく、ここは当時、民も侍も誰もが入って楽しめる、当時としては初めての画期的な公共の庭園であった。春には梅が咲き乱れる。水戸で一番有名な場所かもしれない。

深谷さんもお手製の紙芝居で、説明をはじめる。深谷さんによると、この偕楽園は「陰と陽」の世界観で作られた庭園なのだという。

深谷さんとともに表門をくぐり、聳え立つ大杉森が続く坂道を下っていく。足元にはうっそうとクマ笹が生い茂り、確かに昼でも薄暗い。これが「陰」だ。しばらく下って、また杉の坂道を登っていくと、こんどは少しずつ明るくなっていく。大杉森の端まできたのだ。また門をくぐると、それまでとは全く違う開けた敷地が広がる。左手には梅林、右手はテラスのように突き出し、水戸の町と千波湖が一望できる。これは確かに「陽」の世界だ。

さらに深谷さんは斉昭公が好んで使ったという「一張一弛」という言葉を解説する。弓のように、時には張って、時には緩む、つまり緊張と緩和、あるいは厳しさと寛容など、そのどちらも大事なのだという意味だ。つまり弘道館では勉強し、偕楽園で楽しみなさい、という藩主の教えなのだ。

「今日は是非この言葉を覚えて帰ってくださいね!」と深谷さん。


いい言葉だなあ、そしていい町歩きだったなあと私は思った。弘道館の歴史を知ることで初めて、江戸時代の画期的な庭園の理念も理解することができる。どちらも行ってこそ、水戸の昔と今がよくわかるのだ。深谷さんが教えてくれた「一張一弛」は、水戸の町を歩いて知ってもらうこのツアーに、実にぴったりの言葉じゃないか。

さて朝から始まったふたりのガイドも、ここで終わりだ。ブースターたちは、これからまたバスに乗って、近くの試合会場へと移動する。

「それではみなさん、茨城ロボッツの試合を楽しんで応援してきてくださいね!」とふたりはブースターたちを送り出した。

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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
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