それにしてもなぜ、公務員である須藤さんと深谷さんは、休日に水戸の町歩きのガイドを行っているのだろうか? 須藤さんが持つ手製の分厚い紙芝居には水戸の町の歴史と情報はもちろんだが、今日のロボッツブースターのためだけの情報もたくさん詰まっている。つまりデフォルトの情報だけのガイドではない、その日のお客さんのために毎回カスタマイズした町案内を行っているのだ、ということに、私は薄々気がついていた。これは片手間でできる作業量ではないはずだ。
ツアーの合間に須藤さんと、この日須藤さんたちを手伝いに来てくれた会社員の西島佳子さんに聞いてみた。するとこんな返事が返ってきたのだ。
水戸には茨城ロボッツだけでなく、もう一つ市民に愛されるプロスポーツのチームがある。それはサッカーJリーグ2部に所属する「水戸ホーリーホック」だ。
須藤さんが当時所属していた地域振興課で、あるミッションが持ち上がった。サッカーでは、どのチームでもホームゲームには熱狂的なサポーター(サッカーのファンのこと)が訪れるけれど、アウェイの試合まで、わざわざ応援に行くサポーターは少ない。たまには旅行がてらアウェイの試合も見に行こうかな、と思う人もいるだろう。しかし、それには人気の観光地や大都市にあるチームが選ばれる。それらの人気都市に対抗し、わざわざ水戸へとやって来るアウェイサポーターを増やすには、いったいどうすればいいのだろうか?
須藤さんたちは、協働する旅行会社とともにこの課題のためのリサーチを行った。その時の旅行会社側の担当だったのが西島さんだ。そして「おもてなし」に重きをおいたプログラムを実行することになった。まずは水戸ホーリーホックの本拠地「ケーズデンキスタジアム水戸」にアウェイサポーター用のおもてなしブースを設け、対戦相手の地元の名産品を取り寄せて販売することにした。
しかし普通は、県外の観光客に水戸の特産品を買わせたい、売りたいと思うのではないだろうか? その疑問に対して「遠くの町からわざわざ水戸にやってきたのに、なんでここに地元の名産品が売ってるの?! ってなったら笑っちゃうでしょ。私だったら笑って、そのまま買っちゃいます」と須藤さんはにっこりした。逆転の発想だ。
さらには泊りがけで試合を見にくる人たちがとんぼ返りにならないよう、試合の前に、ほどよく水戸の町を楽しんでもらうために、「おもてなしツアー」を計画した。もちろんガイドの真骨頂は、サポーターたちの本拠地に合わせて、カスタマイズするあのオリジナル紙芝居である。そして西島さんはツアーの前後に立ち寄れる飲食店や土産物店のリサーチに奔走した。
一度きたアウェイサポーターが翌年に「町歩きが面白かったから、水戸にまた来たよ」と声をかけてくれることも増えた。やがて、水戸駅改札にはアウェイのサポーターを出迎えるおもてなしボードまで出るようになった。
その結果、水戸に来るアウェイサポーターの入場者数は28.4パーセントも上がった。そう、実はこのガイドは水戸市役所の業務として、始まったことだったのだ。
でも須藤さんのすごいところは、このガイド役をわざわざ買って出て、さらには異動したのちもプライベートで続けているところ。本来なら市役所の担当職員は、この計画を指揮すればよいのであって、ガイドは外注すればいい。それを本職顔負けにおもしろくやってしまう。
蝶ネクタイとスーツをガイドの正装としたのは、深谷さんのアイディアを借用したものだ。「コンシェルジュ」として、きちんとしたおもてなしをしたい、という思いからだったという。
この事業は画期的な事例として、なんとJ2リーグのホスピタリティ賞も受賞した。またのちに須藤さんが「地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員アワード2017」(主催:株式会社ホルグ)を受賞するきっかけの主な理由にもなった。須藤さんが「スーパー公務員」と言われる所以のひとつである。
さて、これまでは県外からやってくるサッカーのアウェイサポーターのためのガイドが中心だったが、バスケットボールチームの、しかもホームのブースターにガイドするのは、実は今日が初めてなのだという。ここのところのコロナ禍でアウェイのお客さんたちが来水することが非常に難しくなっている。その中での新たなチャレンジなのだ。
須藤さんと深谷さん、及びその仲間たちによる水戸の町案内ガイドは、サポーターやブースターに限らず、希望すれば誰でも受けることができる(問い合わせ:市民団体「あしたの学校」all_is_fair_in_0_and_war51@docomo.ne.jp)。今もふたりには、水戸観光コンベンション協会などを通して、水戸を訪れるさまざまな人たちからの依頼が舞い込んでいる。